選外佳作「コレクション 安藤一明」
大学からの帰り道、僕は財布を拾った。交番に届けようかとも思ったが、かなり距離がある。近ければ自分で届けてもいいな。そう思って財布の中身を調べてみた。中には数枚の一万円札と小銭が少々。そして、メモ用紙が入っていた。
「もし私がこれを落としたら、屋敷まで届けてください 山野香織 住所は……」
香織というからには、持ち主は女のようだ。
現在、彼女のいない僕は下心を抱き、書いてあった住所の屋敷に行ってみることにした。
そこは映画で見るような大きな屋敷だった。高い塀がずっと続いていて、表に門がある。
門の向こうに広い芝生があり、その更に向こうには、立派な屋敷があった。
僕は拾った財布を手に、門のインターフォンを押した。若い女の声がインターフォンから聞こえた。
「はい。どちら様ですか?」
「あの……。財布を拾ったんですが」
「まあ、すみません。今、行きます」
しばらくして屋敷のドアが開き、美しい少女が門のところにやって来た。少女は小学五年生くらいだろうか。
門が開き、少女が出てきた。
「あなたが財布を拾ってくれたのね」
「まあ、そうですが」
「親切なあなたにお礼をしたいわ。さあ、屋敷に寄ってください」
やけに大人びた応対をする少女だった。僕は少女のお礼を受けることにした。少女に続いて屋敷に入った。
屋敷の玄関は、かなりの広さで、あちこちに高そうな壷や絵画が飾ってあった。少女はリビングに僕を通した。
座り心地のいいソファに腰かけると、少女は隣の部屋に姿を消した。
戻ってきた少女は両手にティーカップを二つ持っていた。僕の前のテーブルにティーカップが小さな音と共に置かれる。中身は紅茶だった。
僕は、ありがたく紅茶を一口頂いた。
少女は紅茶を飲みながら、僕をじっと見つめている。
僕は訊いた。
「君の家は金持ちなのかい?」
「ええ。パパとママは会社の社長なの。仕事で海外に行ってるけど。ここは私と執事しか住んでいないの」
執事とは、すごい。
僕が紅茶を飲み終えると、少女は言った。
「あなたは、すごく親切なのね。お礼に私のコレクションを見せてあげる」
「コレクション?」
少女はリビングを出て広い廊下を歩いていく。僕も後に続いた。廊下の突き当たりに白いドアがあった。
少女はドアを開けた。中には地下へと続く階段がある。僕は少女と一緒に暗い階段を下りた。
地下室は真っ暗だった。
「今、明かりをつけるわ」
すぐに天井の蛍光灯が、カチカチと小さな音を立てて、狭い地下室のコンクリートの壁と床を照らし出した。
僕は息を飲んだ。
そこには人間のはく製が、五体ほど立っていたのだ。全員が男だった。
「これは……人間なのか?」
少女は笑いながら首を横に振った。
「違うわ。これ、蝋人形なのよ」
僕は少女の言葉に安堵した。
それにしてもリアルに出来ている。
「まるで本物だな」
僕は蝋人形の一つをじっと見つめた。
少女は自慢げに言った。
「これが私のコレクションなのよ」
何だろう? 急にまわりの風景が、ぐらぐらと揺れ始めた。気分が悪い。
少女は僕に微笑みかけた。
「実はこれ、蝋人形じゃないの。本物の人間よ。私、親切な男の人が好きなの。だから、わざと財布を落として、届けてくれた人をコレクションしてるのよ。あなたは六人目の親切な男としてコレクションに加わるの」
僕はようやく気がついた。
さっきの紅茶の味は、少し変だったかもしれない。
逃げようと思い、階段の方を向いた。しかし、体の自由が効かない。僕は地下室の冷たいコンクリートの上に倒れた。
だんだんと意識が薄れていく。
僕がこの世で最後に見たものは、美しい少女の笑みだった。