佳作「出て来た財布 紙屋里子」
目が覚めると、陽が高い。もう昼前になっていた。章一は、遠く親元から離れ小さなアパートの一室で暮らしている。夕方から塾の講師に行く予定だ。
「腹減ったな。バイト料、後、三日しないともらえないけどもう千円しかない。これで食いつないでいくしかないや」
貧乏学生の章一は、ブツブツいいながらコンビニにパンを買いにいった。
日曜日の昼時で店は混雑していた。菓子パンを二つ選びレジに持っていく。これで腹を満たすのだ。
「二百十六円です」
店員がいう金額のお金を出そうとズボンの後ろポケットに手をやった。
「ない」
はっとした。部屋を出るとき確かに突っ込んだ財布がない。慌ててもう一方のポケットをまさぐるがやっぱりない。どうしようと焦っていると、冷や汗が出て来た。
「お客さん、どうしたんですか。支払い早くお願いします。後ろつかえていますから」
催促されて、またまた焦る。
「すみません。財布を持ってきたと思ったのにないのです」
「家に忘れたのですか。パンを置いて取りに帰ってきてください」
今度は顔から火が出ているように熱い。そこにいる者がみんなジロジロ見ているようで恥ずかしかった。
店員にパンを渡し、大あわてで店を出た。確かにポケットに入れたと思ったのに、入れ忘れたのだろうか。走って部屋に戻り捜したが、どこにもない。
落としたのかもしれないと思い、コンビニまでの道をキョロキョロしながら捜し歩いたが、やっぱりない。お金は千円しか入っていないけど、カードが入っている、警察に届いているかもしれない。聞きに行こうと思い、直ぐ近くの交番に入った。少しでも現金が入っていると財布は戻らないと聞いたことがあったが、そんなことばかりじゃないと、思いたい。
いつもここを通るとき、声を掛けてくれる優しいお父さんの様な警察官がいた。この辺りの見回りをよくしている人だ。
「今さっき、財布が落ちていたといって年配の男の人が届けてくれたよ」
そういって、出してきた。確かに章一の財布だ。ああよかった。地獄で仏に会うとはこのことだと胸をなで下ろした。
名前や住所など色々聞かれた後、やっと財布を渡してもらえた。なんだか懐かしいものが帰ってきた様な気持ちになった。これでパンが買えると思った途端にグウーと腹が鳴った。
「一応、中身を調べてください」
そういって渡した後、警察官が暖かいお茶を出してくれた。腹にしみわたるように美味しかった。朝から何にも飲み食いしていない。
まずカードを調べた。きちんとあった。それから恐る恐る現金の入っている所を開けて見た。
「えー、千円札一枚しか入っていなかったはずなのに、五千円札が入っている」
吃驚して警察官の顔を見た。
「持って来られた時から五千円だったよ」
警察官が、にっこり笑った。
「五千円と間違っていたのとちがうかい。これからは気を付けるんだよ。拾ってくれた人の住所と電話番号だよ。電話するか手紙を書くんだよ」
メモした紙を渡してくれた。外に出て早速電話をかけた。でも現在使われていないと電話が告げた。不思議なことがあるモノだ。
もう一度コンビニに行きパンを買った。
それから葉書を一枚追加した。
部屋に戻り、パンをかじりながらお礼の手紙を書いた。千円札が五千円になっていたことも書いた。そして葉書をポストに入れにいった。
四日後、葉書が返ってきた。
『宛先にこの人はいません』と書かれていた。