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バレー元日本代表監督・中垣内祐一が選んだ米農家への人生転換

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報道発表
(C)AbemaTV,Inc.(プレスリリースより)

還暦を前に選んだ第二の人生「米農家」への転身

かつてバレーボール全日本代表の絶対的エースとして活躍し、2021年の東京オリンピックでは代表監督として29年ぶりに日本をベスト8へ導いた中垣内祐一氏。監督退任後の2022年、地元・福井県に戻り実家の農業を継ぎました。バレー界のレジェンドが、新たなキャリアを歩み始めているのです。

「肩書きがなくなったら」先を見据えた決断

米農家へ転身した理由について、中垣内氏は「50歳過ぎて会社にいられるのって長くても15年」「肩書きがなくなったらどういうことができるんだろうって考えた時に、手に職をつけるというか地道に仕事をしていく。できるだけ早く飛び込めば、それなりのこともできるだろうし」と、先の人生を見据えた決断だったことを明かしました。江ノ島の面積と同じぐらい、バレーコートでいうと2200面くらいという広大な田んぼで、化学肥料を一切使わず農薬も減らした特別栽培米作りに励んでいます。

「収入は大いに下がった」過去に固執しない潔さ

収入面について問われると、「収入は大いに下がりますけど、別にそれが目的ではなかったし、そんなことは最初からわかってた。嫌だったらやらなければいいだけの話」ときっぱり述べています。「昔話はどうでもいいし、昔の成功も失敗もどうでもいい。大事なのは足元とそれから先」と、還暦を前に米作りの「プロ」を目指す真っ直ぐな生き様を語りました。

バレーボール現役時代の人気も「大したことない」

現役時代は194cmの高身長と甘いマスクで絶大な人気を誇った中垣内氏ですが、当時の自分については「一歩引いている自分がいつも心の中にありましたよ。バレーボールがちょっとできたからといって、人間としての評価が決して高いわけではなくて。キャーキャー言われるような人気はメディアがそうしただけであって、大したことないとずっと引いていた」と冷静に振り返りました。

「終わってる人」として若い世代に譲る覚悟

自身のバレーボール人生については「ある程度のとこまでやらせてもらえたと思うし、心残りないバレー人生だった」と振り返り、「いつまでもそれにしがみついていようとは思わない。(自分は)終わってる人、もう古い人だから。そういう人は若い人に譲っていくべき」と、過去の栄光に固執することのない潔さをのぞかせています。

教え子たちを「親戚のおっちゃん」目線で見守る

現在の日本代表チームや選手たちについて、「あんまり昔みたいな目で見ていない。もういちファンというか、あいつらのこと親戚のおっちゃんのような気持ちで見ている」と語っています。石川祐希選手や高橋藍選手については「基本的にコーチがいらない選手なので、別に指導はなかったな」と絶大な信頼を寄せており、西田有志選手についても「最初は技術的な指導をしたかもしれないけども、どんどん吸収する。西田はもうそういう選手」とその才能を称賛しました。西田選手とは現在も交流が続いているそうで、「時々米送ったりとか。西田が『米送れ』って言っているから、リーグ終わったら送ってやろうかな」と、微笑ましい関係性を明かしています。

出典: https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000003254.000064643.html