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第6回「小説でもどうぞ」選外佳作 『肩とんとん』の秘密/下小田山晴男

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第6回結果発表
課 題

※応募数394編
選外佳作「『肩とんとん』の秘密」下小田山晴男
 なぜ俺はこんな事をしている?一体何時まで続くんだ?親父に聞けばその答えはすぐに返ってくる。解っている。何度も聞かされてきたから。それでも問わずにはいられない。
「加藤」
 俺は廊下で同じ高校の同級生である加藤美咲に、後から出来るだけさりげなく声を掛け、同時に右手で彼女の左肩を軽く叩いた。
「えっ」
 加藤の声が聞こえたかどうかという瞬間、彼女の左肩の上でぴんと伸ばした俺の人差し指が、振り返った彼女の左頬に食い込んだ。
「いった!佐々木この野郎、中学生か!」
 およそ女子らしからぬ加藤の怒声を聞きながら、俺はこれでもかと言わんばかりの満面の笑みを作った。
「テッテレー、『肩とんとん』大成功ー」
 加藤の罵声を背に、俺ははっちゃけながら廊下を走りつつ、
(お前、もうすぐ幸せになれるんだぜ)
 と心の中で気取ってみたが、気持ちは晴れなかった。廊下を曲がったところで一息つき、周りに誰もいないことを確かめ、俺は笑顔を消した。汗はすぐに体の熱を奪い、ワイシャツが冷たく重く体にまとわりついた。一仕事を終えた後はいつも憂鬱だった。そう、一生懸命道化を演じ、友人達のあるいは見ず知らずの人の罵声を浴びながらも、賢明に無邪気ないたずらを装い行う『肩とんとん』は仕事なのだ。我が家で代々受け継いできた家業は一言でいえばキューピットだ。俺はハートの付いた矢の代わりに、右手の人差し指で同日に男女の頬を突き、若い二人を恋に落としている。これは決して冗談などではなく、さる機関から受けた指令を着実に実行し、その対価として俺は賃金を得ている。因みに俺はこの家業に誇りを……全く持っていない。
 この力は何故か、うちの各世代の誰か一人にしか宿らない。父の次に力が選んだのは、明るい兄でも友人の多い姉でもなく何故か俺だった。父が外では別人のように明るくおちゃらけキャラで押し通している理由を、俺はこの時ようやく理解した。そして父は俺に力が宿った事を見届けると、安心した様に元の真面目な中年に戻った。四十男の『肩とんとん』は丁度限界を迎えていたに違いない。
 ある日我が家に届いたピンクの封筒をみて、「ああ……」と俺は憂鬱になった。次の仕事の指令だ。出来るだけ楽な相手がいいな、などと考えながら封を切った。
「げっ」
 その紙には一組の男女の名が。二人とも今年クラスは違うが同じ高校の同級生だった。
(山下百合子……)
 とうとうこの名が。相手は三組の田中か。いい奴だ、だけど……。山下は幼馴染であり、俺は山下が……、昔からずっと好きだった。
 数日間悩んだ末、決まらない覚悟を決めた事にして、俺は昼休みに廊下ですれ違い様、田中に『肩とんとん』を仕掛けた。
 田中は驚いた様子だったが、怒りもせず二言三言俺に話しかけ去っていった。俺は何を言われたのか全く頭に入ってこなかった。そしてその日の放課後、下駄箱で靴を履き替えている山下に、偶然を装って近づいた。
「よっ、山下お久しブリーフはいてますか?」
「あっ、佐々木、久しぶり。はいてないよ」
 俺は山下と肩を並べ、こちらの意図を悟られないようなるべく無駄口を叩きながら、夕日の中一緒に正門へ向った。
「ねえ、前から聞こうと思ってたんだけどさ。佐々木って、何か急に性格変わったよね。あれわざと?」
「えっ、そうか?思春期のなせる業だろ」
「昔の佐々木を知ってる私からするとなんか気になってさ。ねえ、毎日楽しい?」
「え、そりゃ、楽しいに決まってんじゃん」
「まあ、ホントに楽しくやってるならいいんだけどさ。ごめんね。変なこと聞いて」
 山下の言葉が俺の胸をぎゅっと締め付けた。
ダメだ。もうこれ以上は耐えられない。
「なあ、山下」
「えっ」
 ふと横を向いた山下の左頬に、咄嗟に彼女の左肩に置いた俺の右手の人差し指が食い込んだ。
「ちょっと、人が真剣に……」
 山下はキッと俺を睨みつけたが、そこまで言うとはっと急に立ち止まった。柔らかな左頬には、まだ俺の人差し指が刺さったままだ。彼女の表情は次第に和らいでいった。
「なんだ、そんな顔するんじゃん。佐々木のホントの顔久しぶりに見た気がするよ」
 山下はそう言うと、後から追いついてきた友人と一緒に走り去った。俺は今どんな顔をしているんだろうか。俺の視線は、山下の長く伸びた影を伝って彼女を追いかけた。だが視界に飛び込んできた夕日が俺の目を眩ませ、再びまぶたを開いた時には、すでに俺は山下百合子の姿を見失っていた。
(了)