公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

高橋源一郎の小説指南「小説でもどうぞ」選外佳作 忘れていた思い出/千葉さつき

タグ
作文・エッセイ
投稿する
小説でもどうぞ

第2回 高橋源一郎の小説指南「小説でもどうぞ」 選外佳作

忘れていた思い出
千葉さつき

 友人、恋人ナシ、一人暮らし社畜生活数年目。最近のトピックスは『道端で幽霊に出会った』だ。

 子供の頃から人ならざる者をよく見かけてきた。その幽霊は僕の視線に気づくとどんよりしていたオーラを一転させて、嬉しそうな顔をして僕に近づいて来た。

「オレが見えるの、お兄さん!」

 僕が素直に頷くと青年は歓喜の声を控えめに漏らした。僕には何故かその青年が可愛らしく見えて彼の存在に興味が沸いた。

「君はどうしてこんな所にいるの?」

「名前を思い出さないといけないんだ」

「名前?」

「オレね、死ぬ前めちゃくちゃいい子だったから、閻魔様がオレを神様の仲間入りさせてくれるって言ったんだ。でも試練が言い渡されて、それが自分の名前を思い出す事なんだって。オレ、何故か自分の名前思い出せないんだよね。だから手がかりを探しにこの世に来たってワケ!」

 そんな出会いから現在。僕の家には青年幽霊が居候している。平日は何もせず、休日に二人で色んな所を散歩して回るだけの日々。

 僕は彼と二人で過ごす時間が、非現実的でとても楽しく感じている。そのおかげか、今まで会社で暗い人というレッテルを貼られていた僕だったが最近明るくなったとよく言われる。

「明日の休みはどこに行こうか」

「お兄さんの通っていた学校に行きたい」

「学校かぁ」

 正直僕はあまり学生時代の記憶が残っていない。友達はそこそこいたはずだし、それなりに楽しい時間を過ごしたような気はするけれど、友人たちの顔はもう薄らとしか思い出せない。

「因みに、君が行きたいのは高校? それとも中学か小学校?」

「……高校がいいな!」

「じゃあそうしよう。楽しみだな、久しぶりの高校」

「そうだね! オレもお兄さんの学校楽しみだよ!」

 青年はそう言って屈託のない笑顔を見せてくれた。

 僕らは今日、早起きをして始発のバスで高校に向かう事にした。

 いざ着くと、部活の子達がちらほらとウォーミングアップや準備をしているのがグラウンドのフェンス越しに見えた。

「すごいなぁ、運動部の朝は早いんだぁ」

「お兄さんは運動部じゃなかったの?」

「僕は帰宅部だったよ。親友とよく二人で一緒に帰ったっけ。懐かしいなぁ、あいつ元気にしてるかな」

 正直、もう何年もあっていないからあいつの顔は鮮明に思い出せない。ただ好奇心旺盛で、お調子者のくせに地頭がいいからいつも成績はトップクラスだった気がする。そういえば、顔も綺麗な顔をしていたからか一瞬だけ彼女がいた時期もあったなぁ。

 あいつの事を考えていたら、ニコニコと笑っていた青年は突然真剣な表情を浮かべた。僕はその意味が分からなくて困惑した。

「お兄さんは高校卒業して、社会人になって、人生楽しい?」

「正直、楽しくは無いかな。友達となんて数年も会ってないし、全然充実してない。でも君と過ごす時間は、とても楽しいよ。なんだか懐かしい気持ちになるんだ」

「そっか……。お兄さんが僕と一緒にいる事で楽しいと感じてくれるなら凄く嬉しいよ」

 青年はそう言うと校門の方に向かって歩き始めた。そんな青年の後ろ姿がぼんやりと記憶の中のあいつと重なって見えた。そして理解した。

「お前……日向か。天馬日向」

「……てんま、ひなた」

 青年がそう名前を呟くと、不思議な光が彼の体を包んだ。少しして光が消えると、青年は僕と同じくらいの背丈になっていた。

「……どうやら正解らしいね。サンキュ、全部思い出せたわ」

「日向、お前、いつの間に死んで……」

「交通事故にあって死んだ。あ、オレ、神様になったらお前の守護神になるわ!」

「それは心強いな」

「短い間だったけど、ありがとう」

 日向はそう言って空気に解けて消えていった。残ったのは寂しさや虚しさのような、けれど何処か暖かい、形容しがたい感情のみだった。

 忘れていた思い出が、とても尊い時間だった事実に今更気づいた俺は涙を流しながら校舎を見つめた。

(了)