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第4回「小説でもどうぞ」選外佳作 記憶整形外科/嘉島ふみ市

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第4回結果発表
課 題

記憶

※応募数292編
選外佳作「記憶整形外科」嘉島ふみ市
「すいません。あのー、入口の看板見たんですけど。こちらのクリニックは記憶の整形ができるって本当ですか?」
「はい、当クリニックは記憶の整形の専門です。テレビで政治家が『記憶にございません』って言ってるのとかって見たことありませんか?あれは主に、うちで施術したものです」
「あれそうだったんですか。あのー、できるんであれば妻との記憶をですね、ちょっと整形したいんですけど」
「奥さんとの記憶ですね。どうぞ、こちらにお座りください。まず簡単なカウンセリングから始めますんで。初めに、現在どのような状態か、お聞きしてもよろしいですか?」
「あー、はい。先日、離婚することが決まりまして。今、調停中です」
「奥さんとは調停中と。具体的には、どこを直したいとか、ご要望ございますか?」
「できるんであれば、別れる理由から離婚に至るまでを大幅に直したいです」
「うーん、あのですね、記憶を整形しても現実が変わるわけではないので、大幅に直せば直すだけ現実との齟齬が生まれて、後遺症に苦しむことになる可能性が出てしまうということをご理解ください」
「後遺症ですか?」
「例えばですね、離婚の原因になるような事の記憶を大幅に整形して、ポジティブなものに変えてしまったり、削ってしまったりすると、後々、別れなくてもよかったんじゃないかとか、よりを戻したいなどと思ってしまうことになる場合もあるということです」
「なるほど」
「いい思い出に整形してしまったばっかりに、実際の慰謝料の額と、自分の中の離婚の悪くないイメージとのギャップに折り合いがつかなくなって、苦しむ方も中にはおられます」
「そうですよね。円満に別れたはずなのに、慰謝料が高額って確かにおかしいですもんね」
「お客様のご要望があれば考えますけど、基本的に当クリニックでは大幅な整形というのは、あまりお勧めはしていません」
「そうですか、じゃあ、どうしようかな?」
「とりあえず、お話をお伺いしながら具体的なプランを考えましょうか。離婚の原因とかってお聞きしてもよろしいですか?」
「あ、はい。大丈夫です。直接的な原因は妻の浮気です。で、浮気相手が俺の親友だったんです」
「なるほど、なるほど。奥さんが旦那さんの友人と浮気されたと。ちなみに結婚生活は何年くらいですか?」
「妻とは大学時代から付き合い始めたんで、付き合って二年、結婚して五年ですね。妻は大学の同級生で、その妻の浮気相手の親友も大学の同級生です。大学の時から、その親友との男女の関係は、ずっと続いていたみたいなんですよね」
「そうですか。じゃあ、まずは奥さんと浮気相手との関係が始まったのは、半年くらい前からとプチ整形しましょう」
「そんなこともできるんですか。ぜひお願いします」
「あとは、その、お友達と旦那さんとの関係性を、親友から、まあまあ知ってる人ぐらいに矯正しておきましょうか。そうすると、親友が奥さんと付き合っていたということが、ちょっとした知り合いに寝取られたくらいに弱まると思います」
「じゃあ、それもお願いしようかな」
「あとは、奥さんに裏切られたことが辛いというのであれば、旦那さん自身も隠れて浮気をしていたという記憶を注入することで、旦那さんも加害者になれますから、受けた被害者意識を相殺できて、気持ち的にだいぶ楽になれると思います」
「じゃあ、お願いします」
「後は、まあ、別料金になりますけど、このクリニックに来た記憶を丸ごと削っておくことで、ここで記憶を整形したという現在の記憶そのものが無くなりますから、整形済みの記憶をより自然なものとして受け入れられるということになりますけど、どうなさいますか?」
「なるほど。じゃあ、ここのクリニックに来たという記憶も削ってください」
「分かりました。では、施術に入らさせていただきます。こちらに横になってください」

「すいません。あのー、入口の看板見たんですけど。こちらのクリニックは記憶の整形ができるって本当ですか?」
「はい、当クリニックは記憶の整形の専門です。テレビで政治家が『記憶にございません』って言ってるのとかって見たことありませんか。あれは主に、うちで施術したものです」
「あれそうだったんですか……」
(了)