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第4回「小説でもどうぞ」最優秀賞 想い出の写真/ササキカズト

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第4回結果発表
課 題

記憶

※応募数292編
「想い出の写真」ササキカズト
「ねえ見て、この写真。懐かしいなあ」
 妻が一枚の写真を私に見せてそう言った。
 青い海と青い空をバックに、笑顔で並ぶ若き日の私と妻。ガードレール越しの海なので駐車場から撮ったものだろう。
 棚の整理をしていた妻は、昔の写真の入った箱を見つけ、一人で懐かしモードに入っていたのだ。
 私の横でその写真を一緒に見ながら、「やっぱりこの旅行が一番の想い出かな」と、妻が言う。
 やばい。妻は今、幸せ百パーセントの顔をしている。
「どこに行ったときのやつだっけ」などとはとても聞けない。もしもそんなことを尋ねたら、「覚えてないの?」と、妻はへそを曲げかねない。
 若いころ私は、旅行が好きだったので、学生時代の友人と出かけたり、よく一人旅などもしたものだ。しかし、よく出かけたのは、もう三十年ほど前のことなので、誰とどこに行ったのかという記憶が、だいぶあやふやになってきている。
 妻とは大学で知り合ったので、友人たちとの旅行のメンバーに、結婚前の妻がいたこともあった。結婚してからは、二人きりでも出かけたし、友人たちともよく出かけた。
 妻も、妻の友だちと何度も旅行に行ってるはずだが、私と行った旅行をよく記憶している。旅行だけではない。食事に行ったレストランや、一緒に見た映画などもよく覚えている。女性というものは、そういうものなのだろうか。
 妻に「この映画一緒に見たっけ?」などと尋ねて、怖い顔で「見たじゃん」と言われたことが何度もある。二人で行った場所をテレビで見て、「ここ行ったよね」という妻に、「行った……な」などと、少しでも曖昧なニュアンスで答えると、「ほんとに覚えてる?」と、私を責めてくる。私が、二人の想い出をちゃんと覚えていないことが、妻の地雷なのだろう。
 そんな妻が〈一番の想い出〉とまで言っているのだ。私が今、この写真がいつどこで撮られたのか思い出せない状態なのを、妻に悟られてはいけない。
「ほんとだ……懐かしいなあ」と、私。
 写真を見ていた妻が、笑顔のまま視線を私に向ける。私を観察しているかのようだ。
「ふたりとも若いよなあ」
 ごまかすような言い方になってしまっているのが自分でもわかる。妻は再び写真に目線を移した。
「このあと大変だったのよねえ」と、妻。
 探りを入れてきたのか? 私が、この写真を覚えているのかどうか、探りを入れてきたのか?
 ……たどれ。記憶をたどれ。
 私は国内旅行にしか行ったことがない。若さの感じから見て、結婚したばかりのころか。服装と空の感じから間違いなく夏だ。
 大洗、九十九里、南房総、伊豆、熱海。……近場ではないか。四国、九州、北海道にも行った。太平洋じゃなく日本海か? 鳥取、石川、新潟……佐渡ヶ島にも行ったな。待てよ、島か? 江ノ島ってことないな。小笠原諸島……長崎はどこの島に行ったんだっけ?
 ……ん? わたしは、写真の中の私が、ロケットのTシャツを着ていることに気づいた。
 そうだ! 種子島だ! 思い出した。種子島にロケットの打ち上げを見に行ったときの写真だ。あのときロケットの打ち上げを見たあと、彼女の具合が悪くなって、帰るのを一日延ばしたんだ。
「正解」と、妻。まだ何も言ってないのに。
「思い出したって顔に出てたわよ。わかりやすすぎ。思い出せないときもわかるし。Tシャツのヒントでわかったんでしょ」
「試したのか?」
「いい問題でしょ」
 試されたことに対する不満の感情より、妻の機嫌を損ねなかった安堵感のほうが上回る。
「ロケットの打ち上げを見たあと、わたしが具合悪くなって、あなたが面倒みてくれたのが一番の想い出……」
 じっと写真を見つめながら静かに妻が言った。妻の横顔は、昔と変わらないように見えた。
「じゃあ、次の問題探そうかな」
「勘弁してくれよ」
「大丈夫。あなたがいつも、記憶が曖昧なのわかってるから。それにわたしも、だいぶ忘れてきてるし」
 出会ってから三十年以上。お互いに五十歳を過ぎて、さすがの妻も昔の記憶が曖昧になってきたのだろう。
「俺にも写真、見せてくれよ」
「一緒に見よっか」
 写真の入った箱をテーブルにのせる妻は、幸せそうに見えた。
(了)