はじめまして。お目汚し失礼します…… #第34回どうぞ落選供養 『ラストチャンスデイズ』 「はい、ストーーーーーップ」 男の声とともに、すべてが止まった。何が起きている? 人々が行き交うビジネス街の交差点。突然の眩しさに目を閉じかけたところだった。 世界の色が一変した。 「ひとりが死ぬはずだった事故なんだけど、運命のいたずらか君のよくわからない行動のせいで……」 男は渡辺由布子を見た。 「……このままいくとふたりとも死んでしまうことになりました。それはちょっと困るので、どちらが死ぬか、これから決めてもらいます」 動いているのは、男と渡辺と、もうひとり。渡辺と同年代の女性がいた。男はふたりに日本刀が渡す。 ふたりは自然な動きで受け取った。 「懐かしい」 「……さすがに本物はちょっと重い」 「ね。そういえば、久しぶりって声かけようとしてたんだ、久しぶり芝さん」 渡辺由布子と、もうひとりの女性、志波依里香。ふたりは高校の同級生だった。 「これで何すればいいの」 「どっちが生き残るか、必要であれば戦ってもらえればと」 「どっちかは死ぬってこと?」 「はい」 渡辺と志波は顔を見合わせる。 「まぁ、べつに、志波ちゃんが残ってくれていいよ、私」 志波は怪訝そうに渡辺を見る。 「志波ちゃん、子どもいるって聞いたよ。結婚もしたんだね、おめでとう」 「……結婚はしてないけどね。渡辺さんは?」 「あー……まぁ、ふつうに独身」 「へぇ、意外」 「え、そお?」 「20代で結婚して子ども産んでるかと思ってた」 「いや、志波ちゃん私のことなんか今日まで思い出してなかったでしょ」 「まぁ」 「正直~変わってない~」 「まぁ、人生わりとなんとでもなるし、やりたいことやってたらわりと一人でも楽しいし、っていうか人間関係めんどくさいなって思っていまに至る」 「昔も上手くやってるぶってたけどあんま上手くなかったよね、人間関係」 「志波ちゃんのせいで自覚したんですよ。……そのあともわりと時間はかかって納得した感じではあるけど」 「生きづらそうだな、とは思ってた」 「そうなんだよ、私、生きづらいのよ」 男が割って入ってくる。 「実はあんまり時間なくて、早めに決めてもらいたいんだけど。だいたいこういう時ってけっこう殺伐としたバトルが繰り広げられるんですけどね……」 「あとどのくらい?」 「30分くらいで」 ふたりは通りに面していたカフェに入った。相変わらず世界はふたりと男以外は止まっていて、風ひとつ吹いていない。時が止まると、大都会の真ん中でもこんなに静かなのかと渡辺は妙に冷静に思った。 「志波ちゃん、子どもにも剣道習わせようとか思ってるの?っていうか、いまいくつ?」 カフェにいるひとたちも、コーヒーマシーンもすべて止まっていて、トレーに置かれたばかりのアイスコーヒーのカップの結露がつーっと落ちて敷かれたチラシを濡らしている。 そのアイスコーヒーをふたつ、空いた席に渡辺は持ってきて、座った。志波も向かいに座る。 「5歳。……ねぇ、これ、どっちかは必ず死ぬってことで合ってる?」 後半を男に向けて言う。 「そうっす」 「まぁ、じゃあいいか」 「ごめん、もともとそんなに仲良くないのにズケズケ聞いてしまった」 「性格は変わらないもんだしね。剣道させるかはわからない。娘、父親と暮らしてるから」 「……ごめん」 「娘にはその方が良さそうだったから、べつに」 「ほんと私、嫌な奴だね」 「そうやってこっちに言ってくる感じはちょっとね。そんなことないよって言ってほしいみたいでうざい」 「ごめん」 「渡辺さんは?」 「いまは商社で働いてるよ」 「……」 「……」 「……ふと思うんだよね。今日死んでもあんまり後悔ないなって。卑屈な感じじゃなく」 「わかる」 「娘さんいるのに?」 「……こんなこと言うのよくないけど、子どもがすべてってことでもないし。かわいいけどね」 「生き甲斐ができていいなぁと思ってた。そっか」 「そういう人もいるんだろうけどね」 「あと10分でお願いします~」 「はいはい、うるさいな」 「これ、どっちも死んだらどうなるの?」 「僕の評価が落ちますね」 「え、世界のバランスが崩れて地球がおわる~~~とかないの?」 「アメリカ大統領とかでも人によるレベルでそこまでの影響はないっす」 「そんなもんなんだ」 「志波ちゃん、いいよ、私が逝くから」 「私もけっこう後悔ないんだよね。もともとあんま人生楽しむタイプでもないし」 「剣道、燃えてたじゃん!?」 「まぁ剣道は楽しかったよ。私、強かったし」 「強かったね」 「渡辺さんも上手かったよ。なんか熱血ぶってるのはめんどくさかったけど」 「だって高校の部活は青春じゃん!」 「巻き込まれてうざかったけど、あれはあれで悪くなかったかな」 「ああいうのも、あのときしか体験できないことだったねぇ」 「あんまり後悔ないって、いい人生だったってことかもね」 「たいして何もトピックないけど」 「私は種は残せたし」 「そういうこと思うタイプだったんだね……!」 「最後ってみんなこうなのかね? 案外面白かったわ」 「よし、いくか」 男はうなだれて歩きはじめた。ふたりはあとについて行く。 「殺し合いしないし、評価下がるし最悪……」 「ねぇあんたって何なの?」 「死神だよ!!!」 「へぇ、ほんとにいるんだ」 パチンッ。 車の急ブレーキの音と、人々の悲鳴、街が再び動き出した。
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