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齊藤 想

第34回落選作その2です。 たまに書いている戦争物ですが、公募で採用されたことはありません。 なかなか難しいですね(汗) ―――――  『最後の特攻』 齊藤想  杉本軍曹は、廣垣中佐のことを本当にクソ司令だと思った。アメリカ在住経験のある合理主義者という噂は、完全に買い被りだ。  戦況が極度にひっ迫していることは、ベテラン搭乗員であればだれもが知っている。明日の正午に玉音放送があるということは、おそらく戦争は終わるのだろう。  それなのに、目の前にいる廣垣司令はベテラン搭乗員を横一列に並べて、明日の十時をもって館山の沖合にいる敵艦隊に特攻せよという命令を読み上げている。  杉本軍曹は大戦を生き残った数少ないベテラン搭乗員だ。木更津の航空基地に配属されたのも、帝都を空襲するB29を迎撃するためだ。実際に何機も撃墜して、落下傘で脱出したB29搭乗員を捕まえるための山狩りに参加したこともある。  武勲はだれにも負けない。それなのに、なぜいまさら特攻を命じるのか。無駄死にではないのか。  指令室には、自分に優るとも劣らないベテラン搭乗員が並んでいる。だれもが一騎当千の若鷹たちで、航空学校で質の高い教育を受けてきている。生き残れば日本の復興に必ず役に立つ人材だ。  それを、目の前にいる合理主義者は、非合理にも無駄死にさせようとしている。  廣垣司令は隊員たちの不満の表情を読み取ったのか、ドスのきいた声を発した。 「どうも貴様らのなかに、死ぬのが怖くなったやつがいるようだな。おまえらそれでも日本男児か。英霊たちに恥ずかしくないのか」  廣垣司令は、精鋭たちに向かって、クククと侮蔑の籠った忍び笑いをした。 「臆病者のお前らのために、燃料タンクは満タンにしてやる。敵艦隊を見つけられなくても、6時間は大空で迷子になれるぞ」  侮辱にもほどがある。毎日が死と隣り合わせの搭乗員が、いまさら死を恐れるわけがない。命を惜しんでいるのは、上官から受けた命令を無批判に若者に押し付ける廣垣司令ではないのか。命令には唯唯諾諾と従うのが合理主義者なのか。  杉本軍曹は我慢の限界だった。横並びの列から一歩前に出る。 「廣垣司令。ひとつお願いがあります」 「なんだ、杉本。言ってみろ。特攻前だ。できることなら何でも叶えてやる」 「廣垣司令のことを、力のかぎり、殴らせてください。では、失礼いたします」  杉本は、返事を聞く間もなく廣垣司令のことを右から殴りつけた。おまけに左側からもう一発。  廣垣司令が床に転がる。廣垣司令は笑みを浮かべている。杉本軍曹は確信した。廣垣司令は狂った。この異常な状況に、合理主義者として耐えきれなかったのだ。もっとも、この戦争自体が、異常者たちが集団暴走したようなものなのだが。  杉本軍曹は、転がる廣垣司令を無視して、航空機の整備のために飛行場へと向かった。  廣垣司令は、方面軍参謀からきた命令に憤慨していた。 「明日の正午までに、B29搭乗員の捕虜を全員処刑しろ」  参謀は自己保身の塊のような男だ。捕虜を激しく尋問したことを連合軍に知られることを恐れているのだ。しかも、責任回避のために処刑を現場にやらせる徹底ぶりだ。いまごろ、参謀本部では証拠隠滅のために命令書を焼却しているかもしれない。  廣垣司令は、部下である搭乗員たちの顔を思い浮かべた。彼らはこの大戦を生き抜いてきただけに、技量だけでなく人間性も学業も優秀だ。彼らは戦時中に即席栽培された搭乗員とは違う。航空学校で物理、数学だけでなく英語もマスターしている。彼らは戦後日本の復興のために必要な人材だ。  だから廣垣司令は特攻を命じた。  明日の十時に出撃すれば、目標地点に到達するまでに戦争は終わる。彼らが飛行している間に捕虜を処刑すれば、戦争犯罪人として裁かれるのは廣垣司令だけだ。  それに、特攻を命じた地点に敵艦隊はいない。目標が発見できなければ、基地まで戻ってくるはずだ。  あとは搭乗員たちに殴られれば完璧だ。戦争犯罪人たる廣垣司令に反抗すれば、戦後の戦犯裁判でなによりの免罪符になる。  廣垣司令は勇者たちを挑発した。戦後に必要となる貴重な人材たちを侮辱した。  杉本が一歩前にでた。お願いがあります。そうだ、その調子だ。貴様の拳が、未来への通行券になるのだ。  廣垣司令は右頬に激しい痛みを感じた。次に左頬にも。  そうだ、それでいい。  廣垣司令は、胸の奥から湧き上がる喜びを抑えることができなかった。 #第34回どうぞ落選供養

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