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ナラネコ

#第35回どうぞ落選供養 つくログの存在を初めて知りました。 ちょっと惜しいと思う落選作品は、また書き直そうと思ってとっておいたりしますが、これには何の未練もございません。 成仏させてください。 タイトル 木片の舟  作者 ナラネコ 私が小学生の頃だから、かなり昔の話になる。 私を含む同級生四人は帰宅する方向が同じだった、みんな塾にも通っていないし、少年野球をやっているわけでもない気楽な連中ばかりだ。したがって校門を出て一キロくらいの通学路を、だらだらと無駄話をしながら歩くことになる。 その道のりの中で、一つ目の角を曲がると、道路脇が川になっていた。川といっても幅が一メートルくらいの用水路で、私たちの帰宅する向きに流れていた。川の反対側の道路脇には、雑草が生い茂る空き地があり、すぐ横に製材所があったためか、廃棄されたガラクタや木片、金属片などが転がっている。 子どもは、大人が思いもよらないことに心を奪われるものだ。その遊びを最初に思いついたのが誰だったか記憶にないのだが、いつの間にか私たちは夢中になっていた。 角を曲がると、まず空き地に入って、転がっている木片の中から自分の舟を探す。木片はカマボコ板大のものが手頃だった。皆が舟を選んだら、川の中に一斉に投げ入れる。舟はプカプカと用水路を流れ、私たちはそれを追いながら歩いていく。途中に色々な障害物、たとえば泥の中から突き出した木の杭や堆積したゴミの塊といったものがあり、舟はひっかかったり向きを変えたりする。川は最後の十メートルほどの間、上に鉄板がかぶせてあり、中が見えない。舟が鉄板の暗闇から姿を現すと、すぐに流れは小さな滝となって落下し、その向こうを流れるさらに大きな川に合流する。 遊びのルールは、鉄板の向こうからいちばん先に出てきた舟が勝ちというものだった。鉄板の下がどうなっているのか見えなかったので、最後の暗闇の中で順位が入れ替わることがよくあった。したがって、私たちはいつも誰の舟がいちばん先に姿を現すか、わくわくしながら待っていた。 誰が勝つかは偶然に左右される。いくら流れやすい舟を探し当てても、途中の障害物によって状況は大きく変わるのだ。したがって、遊びを始めてしばらくの間、私たち四人の順位は、毎日入れ替わっていた。 ところが、ひと月ほど経った頃から、一位になるのが尾田という奴ばかりになったのだ。尾田は四人の中でいちばん小柄で、坊主頭にしているため、周りからオダボンと呼ばれていた。今でいうところの「いじられキャラ」で、何を言われても怒った顔を見せたことがない。尾田はいちばんこの遊びに熱中していたのだが、彼の舟は、それまで遅れていても鉄板の下から必ず最初に姿を現した。あまりに強いので、「オダポン」というあだ名が、「名人」に変わったほどだ。 「名人、いつも強いなあ。何かワザでも使っているのか」と四人の中でリーダー格の深沢が言った。 「リモコンで舟を操っているんじゃないか」と言ったのは、いつも軽口をたたく森口。 「とにかく、これだけ続いたら偶然ってことはないだろ。秘密を教えてくれ」と私も尋ねる。 だが、私たちがいくら聞いても、尾田は、いつもニコニコ笑うだけだった。 事件が起こったのは、そんなことを話していたある日のことだ。 いつも通り、私たち四人の舟は鉄板の下に姿を消した。これまでなら、鉄板の向こうから名人である尾田の舟が姿を現すはずだった。だが、真っ先に出てきたのは深沢の舟だった。続いて私の舟、やがて森口の舟が姿を見せ、尾田の舟はついに姿を現さなかった。 「やった。トップだ」と深沢が手をたたき、「名人、今日は調子が悪かったな」と私は笑って尾田の方を見た。 すると、尾田は歩道の上に倒れて、胸を押さえ、「グワオ、グワオ」というような言葉にならない呻き声を漏らし、苦悶の表情を浮かべながら転げ回っているのだ。私たちは尾田のそばに寄ったがどうしようもない。その様子を見て、通りかかった大人たちも集まってきた。 「こりゃいけない。救急車を呼ぼう」と誰かが言い、公衆電話に走ろうとしたとき、もしやと思った。私は集まってきた男性数名に向かって叫んだ。 「お願いします。その用水路の鉄板を一枚外してください」 「どうしてだ?」 「とにかくお願いします。救急車はそれから」 半信半疑の様子だったが、集まった男たちが力を合わせて「エイヤッ」と鉄板を持ち上げ外してくれた。するとそこにいたのは、今まで見たことのないような大きな化け物ガエル。そいつが尾田の舟の上に乗っているのだ。カエルは私たちの顔を眺めていたが、私が棒きれでつつこうとすると、水の中に飛び込んで泳いでいった。同時に尾田の舟もプカプカと川面に浮かび、流れ出した。 尾田を見ると、今までの苦悶が嘘のようにぼんやりした顔で座っているのだった。周りの者が聞いても、今までのことは記憶にないという。 彼はこの遊びに熱中し過ぎ、魂が舟に乗り移って操っていたのだった。いつもは鉄板の下の暗闇の中も、川の主である大ガエルに捕まることなくすり抜けていたのが、この日は不覚を取ってしまったのだろう。魂が奪われるほどあんな遊びに夢中になるとはおかしなやつだと、みんな彼のことを笑ったものだったが、本当の名人とはそんなものかもしれないと私は思った。 単独無寄港世界一周を何度も成功させた伝説のヨットマン、尾田一樹の小学生時代のエピソードである。

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