公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

黄砂夢

#第35回どうぞ落選供養 表題 名人を分けるカレー 筆名 黄砂夢 「なんだ、私より料理うまいじゃん」 一人暮らしをし始めた私は、自炊をするようになった。カレーの作り方さえしらなかった私だったが、昔付き合っていた彼女が家に来た時カレーをご試走したら彼女が悔しそうにそう言った。その時作ったカレーはには牛乳を少しいれてバターで鶏肉を炒めていた。確かに、その時できたカレーは我ながらうまかった。一番の出来だった。だから、彼女にも食べて欲しかった。彼女は毎日料理をする人だった。私より何十倍も料理のレパートリーがあった。その彼女が負けを認めたのは驚きだった。 「そっか、うまいか。よかった」 別の男の友人も私が作ったカレーを食べたことがある。 「うん、普通にうまいんじゃないかな」 彼はそう言った。自称料理をする男であった。たぶん、たまに家で作っているのだろう。 でも、彼の手料理は外れが多かった。しかし、私より料理が出来るという自負があった。 「普通にうまいと思う」 彼女と別れてから、別の女性が私のカレーを食べた時にも同じことを言った。彼女も私より料理がうまいという自負があった。しかし、いつも夜遅くにカップラーメンを食べてるようなすさんだ生活をしていたし、彼女が私の家の台所に立つことはなかった。 「うまいねぇ、やるじゃん」 また、別の女友達に私のカレーを食べさせると褒めてくれた。彼女は、大の料理好きで 昔、料理をする仕事についていた。 その時に私は、私の作ったカレーを食べさせると誰がどれくらい料理をしていて、腕前がどのくらいあるかがわかるということに気が付いた。たまに料理をする人にとって独身男性のカレーはとるに足らない料理に見えるらしい。そして、そういう人は自分の舌に自信がないようだ。うまいものを食べた瞬間にうまいと言えず、プライドが邪魔をして、普通にうまいと思う、と言ってしまう。うまいかどうかの判断さえできないのだ。 そして、私はついに料理の名人に私の作ったカレーを食べてもらう機会を得た。彼はあるホテルの料理長をやっていたらしい。彼がスプーンで、カレーのかかった白いご飯を口に運ぶと右の眉毛がピクリと吊り上がり言った。 「うまいな。うん、うまい。君のカレーはうまいよ」 思った通りの反応だった。料理長の反応は早かったし、その言葉に迷いがなかった。私は、料理の名人に認められたのだ。 髭についたカレーを拭きとりながら料理長は言った。 「味覚とは才能だな。どんなに料理を知っていてもうまいかどうかの判別ができない人が多い。そして、評論するんだ。自分では決して作ったことのないものに対して、ああでもないこうでもないというよ。それは、料理に限ったことではないな。皆、評論家で、傍観者なんだ。舞台にあがった勇敢なプレイヤーに対して、尊敬するどころか上からものをいうかの如くアドバイスして、さも私は知っているという顔をする。人生とは、やるかやらないかだ。やらない奴は評論する。できないやつはアドバイスする。そして、差がついて行くんだよ」 「今日のカレーはどうかな?」 「まぁ、うまいんじゃない?」 あれから、私は結婚した。たまに妻と娘のためにカレーを作る。決まって、妻はそういう。彼女はすべてにおいて私よりできた。仕事に掃除、洗濯、車の運転まで。私の不器用さをみて呆れるばかりであったが、唯一カレーに関しては私の方がうまかった。 「ゆうな、カレーうまいか?」 私は愛娘に聞いた。彼女はどんぐりの様な目で私を見つめるとすかさず言い放った。 「めっちゃ、おいしい」 左の頬にご飯粒をつけた彼女は、迷うことなくはっきりと言った。 その言葉を聞くたびに、私は彼女が私の才能を受け継いだのだと確信ている。彼女は料理の名人だ。料理の名前を知っているエセ敏腕料理人とはちがうのだ。 今度の日曜日に私の家で、保育園の保護者の人たちを呼んでカレーパーティーをすることが決まった。久々に私のカレーを振る舞うチャンスを得た。その中に、三人料理の腕に自信ありの人がいた。そして、その中に、私の苦手とする上からアドバイス人間がいた。 私は、密かにほくそ笑んでいた。さぁ、言うぞ。カレーの見た目は悪くないが、ここで自分より料理の腕ががうまいと認めるわけにはいかない。だとしても、あからさまにまずいと言ってしまえば味音痴だと思われる。そうだ、ここはひとまず誉めてやろう。認めてやろう。 「ちょっと、お口に合うか自信ないですけど、いかがでしょうか?カレーの味は?」 すると、さらさらヘアーの私より若いお父さんが、眼鏡の柄をさわり、その位置をあげると言った。 「うん、普通においしいと思いますね」 私は、勝ち誇った気分でいた半面、味がわからない相手にカレーを振る舞う虚しさに 打ちひしがれていた。 「あ、これはうまいですね」 次の瞬間、どこからか聞こえた、その言葉を聞いて私の料理への情熱は生き返ったのだ。皆が帰ったら、今度はトムヤムクン風鍋の研究をしよう。心の中でそう呟いていた。

0件の返信