#第35回どうぞ落選供養 供養の案内、ありがとうございます。 遅くなりましたが、線香程度の修正を加えてアップします。よろしくお願いします。 テーマ:名人 タイトル:吾輩は死神である 吾輩は死神である。名前はまだない。他の死神たちと同じく、管理番号で呼ばれている。個人名は上級職にならないともらえない。 死神の仕事とは、簡単にいえば霊魂の管理である。吾輩たち末端の死神は、納期までに指示された数の霊魂を用意する。それを死神上司が神様に収め、神様がその霊魂に肉体を与え、新たな生命として再循環させる。このサイクルの一部を吾輩たちが担っている。大昔はノルマ達成のために死神が人から魂を奪うこともあったようだが、ここ数十年はむしろ数量の超過が問題となっていて、吾輩たちはいつもその対応に追われていた。今日もまた通報があった。吾輩の管轄エリアで予定外の数千人規模の魂が発生しそうとのこと。何ということだ。今日こそは定時退社するつもりでネイルサロン予約を入れたのに。あ、ちなみに吾輩は人間界で言うところの女の子である。新卒二年目の社会人くらいに思ってくれれば間違いない。吾輩は魔女がホウキに乗って飛ぶがごとく、大鎌にまたがり、地上へと向かった。もちろんお供の黒猫などはいない。 メガネを掛けて色白。小太りで暑苦しい髪。情報どおりだ。この男で間違いない。吾輩は営業用の声と口調をつくって話しかけた。 「こんばんはー」 「こんばんは。あなたが死神さん?」 「あれ。どうしてわかったんですか。私そんなに有名でしたっけ」 「実はさっきまでくノ一のコスプレ姿をした悪魔さんと一緒にいたんですよ。死神さんのことは悪魔さんから聞きました。死神にタマ取られんよう気ぃつけんさいって言ってましたよ。いやあ、かわいかったな。方言使う子ってどうしてかわいく見えるんだろう。僕、広島弁でしゃべる悪魔に会ったの初めてです」 「えっと、標準語の悪魔には会ったことがあるんですか?」 「ないに決まってるじゃないですか」 男は手に持っていたワラ人形をポイっと投げ捨てた。ここは真夜中の神社の境内裏である。 「最初は彼女が悪魔だってことがなかなか信じられなくて。そしたら彼女、自分が悪魔だってことを証明するために何でもしてくれて。あんなこととかこんなこととか、何からナニまで。いやぁ、最高だったなぁ。神社だから余計に興奮したというか。あ、これは初対面のレディに話すことじゃなかったですね。失敬失敬」 完全にのぼせあがっている。あのアバズレにすっかり骨抜きにされたらしい。 「もしかして、すでにアバ…、じゃなくて悪魔と契約しちゃいました?」 「しちゃいました」 「このバカ」 吾輩は大鎌を、足元のワラ人形に向かって思いきり振り下ろした。 「どうしたんですか」 「うっさい。で、あのコスプレビッチは今どこに? さっきまでここにいたんでしょ」 「絶対に見逃せない生配信があるとかで、帰っちゃいました。僕としては、これから二人でゆっくり愛を育てたかったんだけど」 「はいはい。自分に酔ってるところ悪いけど、そろそろ目を覚まそうか。現実を見よう」 「嫌だよー。現実なんて見たくないよー」 「アイツと契約したのなら、3つの願いが使えるんでしょ」 「うん。けどそれは保険みたいなものだって。願いのタイミングは僕の任意で、保証は一生涯。今日のところはサインだけしてもろうたら、あとのことはゆっくり考えればええけぇ、と」 そう。悪魔にとって大切なのは契約を交わすことであって、願いの行使はただのオプションなのである。 本来ならこのあと男は今夜中に町内会長を殺すことになっていた。その殺意に悪魔がつけ込んだ。そして皮肉なことに、悪魔との契約によって、男は余裕ができてしまった。捨て身じゃなくなった。今夜中に町内会長が死なないとなると、めぐりめぐって、二年後に数千人規模の死者が発生してしまう。それだけは阻止しないといけない。吾輩は男に願いを使わせるよう、町内会長との間の悪夢のような現実を思い出させた。しかしグズグズと煮えきらず。 「うーん。言ってることはわかるけど、本当に願うだけで人が殺せるのかな。何となく失敗する気がする。僕、基本的に何をやっても失敗するタイプだから」 「大丈夫。あなたならできる。がんばって。自分に負けないで」 「ていうか、そこまで言うなら、自分が殺せば済むことなのでは? 君、死神なんだよね」 「嫌ですよ、人殺しなんて。後味悪い」 「うーわ、最低この人。悪魔みたい」 「吾輩は死神である」 結局、男は町内会長を殺せなかった。しかし町内会長は死亡した。吾輩は知らなかったのだ。男がワラ人形つくりの名人だったということを。
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