#第35回どうぞ落選供養 こんにちは、もう一つ供養させていただきます。救いのない話なんですが、どうぞよろしくお願いします。 お題 神様 タイトル 願い 白い壁にグラスが勢いよく当たり、パリン! と割れた。落ちる間もなく、今度は皿が当たって粉々に砕ける。 「やめろって!」 彼が女の腕をつかみ、物を投げるのを止めさせようとした。両腕を固定され、それでも振りほどこうと身をよじらせている。──それが、私だった。 私と夏生(なつお)くんには子供がいた。とてもかわいい男の子で、彼が笑うと周りがパァッと明るくなった。光に満ちた日々で、晶(しょう)の成長を見守ることに私は生きがいを感じていた。けれど、あの子は行方不明になってしまう。ある嵐の日、ちょっと目を離したすきに玄関から出て行ってしまったのだ。気がついた私は裸足で外へ出て探し回った。けれど、一週間たっても見つからない。そして数ヶ月後に家から遠く離れた山の中で、裸で倒れているのが発見された。変わり果てた姿を目にして、思わず言葉を失った。 「晶……」 呼びかけても返事がない。名前を呼ぶと、あの子は必ず 「なーに」と笑顔で答えてくれたのに── 理解ができなかった。どうしてこの子は返事をしてくれない? なんでぎゅっと抱きついてこないの? 「沙由(さゆ)! 沙由!」 名前を呼ばれて抱きしめられ、自分が悲鳴をあげていることに気づく。 「どうして……?」 問いかけても、答えはない。ただ、泣く事しかできなかった。 ──私はベッドルームで目を覚ました。ぼんやりした頭で体を起こす。しばらくすると夏生くんが顔を見せた。 「どう? 体調は」 ぼうっとしたまま、こっくりとうなずく。 「ご飯、食べよっか」 そう言うと、手を取ってリビングまで連れて行ってくれた。テーブルには彼と私の席にトーストと目玉焼き、ベーコンの載った皿が置いてある。なんで二人分しか用意してないんだろう? そう考えると、頭がズキンと痛んだ。 「う……」 私は頭を押さえる。何か思い出してはいけない事があったような…… 「沙由?」 「ああ……ああぁっっ!」 割れるような痛みに耐えきれず、悲鳴をあげる。体が勝手に暴れだし、周囲の物をなぎ払った。ガチャガチャと耳障りな音が、室内に響いて耳朶(じだ)を打つ。耐えきれず、再度悲鳴をあげて意識を失った。 私はそれ以来、現実か夢か分からない日々を送った。晶と笑いながら散歩しているかと思えば、一人きりで暗く冷たい空気だけが漂っていた。かと思うと、不意にどこからか声が聞こえてきたりした。 「おまえが晶から目を離したからいなくなったんだ。あの子が死んだのはおまえのせいだ」 「……やめて‼︎ いや!」 耳をふさいでも、それはしつこく聞こえてくる。胸が張り裂けそうになり、悲鳴を上げた。夏生くんの声も時々聞こえるけれど、どこにいるのか分からない。私は寂しくてたまらなかった。 ある日、いつの間にか家のリビングにいることに気づく。足元に、小さな箱があった。何だろうと開けてみる。それは、あの子が肌身離さず持っていたポケモンの青いフィギュアだった。そういえば、晶(しょう)はどこに── そう考えると、不意に悲しみで胸がいっぱいになった。それはどんどんあふれて、溺れてしまいそうになる。 「……‼︎」 私は悲鳴をあげた。飲み込まれてしまわないように必死でもがく。 「■■!」 誰かの声が聞こえて、顔に衝撃を受けた。少し遅れて頬が熱くなる。誰かに殴られた……? 怖い。誰? 顔を見ても、暗くてよく分からない。恐怖に襲われ、必死に抵抗する。相手の勢いが緩んだ、と思ったら、首に手の感触を感じた。それがギリギリと締め上げていく。 息が…… 薄れていく意識の中で、今にも泣きそうな夫の顔がぼんやりと見えた。 ──ああ、そうか。私は全てを理解する。彼が私の終わらない悲しみに、終止符を打とうとしてくれている。 夏生くん、ありがとう。私の最後のお願いを聞いてくれて。 あなたの笑顔はまるでお日様みたいで、とてもとても大好きでした。 了
藤宇