#第35回どうぞ落選供養 お手柔らかにお願いします 「おじさんとのラストラン」 テレビをつける。 うわあ、ものすごい人だかりだ。手に手にカメラ、一眼レフだ。集音マイクや三脚、そんなものを抱えている姿も少なからず確認できる。あぶねえよなあ・・・駅のホームだ。あふれんばかりの人の洪水。テレビ局のリポーターが、興奮気味にマイクを持つ。 「今日、寝台特急の最終列車がいよいよ発車の時刻を迎えます・・・」 そうなのだ。今日のこの寝台特急が、北海道に直通する最後の便なのだ。津軽海峡の下、というか底、というべきか、長い長い世界一の長さと言われたトンネルが掘られ、本州と北海道が一本のレールでつながって以来、走り続けていた寝台特急がいよいよ最後の運行、つまりラストランを迎えたのだ。 増本背脂は、たった一度だけ、この寝台特急に乗車したことがあった。遡ること二十数年、まだ高校生の頃だったか・・・ 津軽海峡にトンネルを通して本州と北海道をつなぐ、そんな夢のような出来事が実現したのは背脂が小学生の時分。テレビや新聞はその模様を仰々しく、賑々しく伝えていた。 「待望の青函トンネルが、悲願のトンネルが、世界最長のトンネルが、本日開業いたしました。そして・・・いよいよ東京から北海道・札幌まで一直線に結ぶ豪華寝台特急の運行もスタートいたしました。」 確かその時もホームにはあふれんばかりの人だかり。しばらくの間、テレビといい、新聞、雑誌、あらゆるメディアがこのトンネルと、寝台特急の話題を報じた。豪華な個室寝台、予約制のフルコースが楽しめるフレンチレストラン・・・小学生の背脂は、興味津々、かじりつくようにテレビ画面を見入った。 「ねえ、お父さん、ぼくもこの寝台特急に乗ってみたい。」 父親に、おねだりはしてみたものの 「そのうちな」 とか 「大人になったら」 と言って毎度はぐらかされる。あきらめきれない背脂は、小遣いをはたいて模型の寝台特急を買った。Nゲージってやつだ。だが、編成物の寝台特急はとても手が届かず、一両だけ、そう、最後尾の一番目立つ車両だけ。 やがて、高校生になったある日、伯父の雪雄が遊びに来た。 「やあ、背脂くん、お久しぶり。大きくなったねえ、何年生?」 「僕、今年、高校生になりました」 「あ、そう、早いもんだなぁ。じゃ、なにかお祝いしてあげるよ、何がいい?」 その申し出に背脂は 「では、寝台特急、お願いします、例の札幌行きの」 とおねだりした。背脂にしてみればNゲージの車両の残りをそろえて、編成にして楽しみたいな、と思ったのだ。数日後、雪雄は再び背脂の家にやってきた。 「お邪魔します。今日は背脂くんの進学祝いを持ってきました。」 そう言って玄関を入ると、進学おめでとう!と小さな封筒を背脂に手渡した。 「なに?」 そう尋ねると雪雄は 「開けてご覧」 と一言。言われるままに開封するとチケットホルダーがあり、中には・・・ 「わあ、すごい!」 札幌までの往復チケットだ、寝台特急の!それも個室寝台。 「雪雄さん、これ、いいの?」 驚きのあまり、そう聞くと 「ああ、寝台特急がご所望だろ?」 と。 あちゃあ・・・ 僕は模型の寝台特急をおねだりしたつもりだったんだけれど、まさか、チケットが、札幌までの、それも個室・・・雪雄のとんだ勘違い、嬉しい誤算。 それで・・・ 雪雄とは上野駅で待ち合わせて、地上ホームに停車している寝台特急に乗車。 発車してしばらくすると雪雄から 「さ、メシだ、行こう」 と促されて、食堂車へ。 「うわあ、すげえ」 フレンチのフルコース! 「だろ?」 雪雄は料理に合わせて赤、そして白のワインを頼み、ワイングラスをくゆらしている。 「どうだい?」 「え?はい、最高です、寝台特急・・・」 「そ、そうか・・・」 今にしてみれば、雪雄は高校生活はどうか?って聞きたいみたいだったけれど。 ざっと2時間近くかけてディナーを楽しむと、個室に戻ったものの、何だかもう興奮して眠るに眠れない。それでも微睡んでいたらしい。気が付いたら、再び雪雄が呼ぶ声で目を覚ましていた。 「さ、行こう、これから、とっておきの景色を見よう」 言われるままについて行くと、「ロビーカー」と書かれたドアを開けた。窓際のグルリをソファーで囲まれた、休憩室だ。機関車の交換で停車して、それから小一時間。 「さ、来たぞ!」 「?」 「いよいよトンネル、青函トンネルだ」 「・・・」 深夜のハズなのに、なんだかそんな気がしない。時間と空間と何もかもが忘却の彼方にすっ飛んでゆく。 やがて、朝。札幌だ。 「どうだ?」 「高校一年生にしては身に余る光栄です!」 「そ、そうか」 雪雄は、やっぱり別のことを聞きたいみたいだった。背脂は、的外れの返事をしながら、余韻に浸っていた。 二十数年後、ラストランのニュースを観ながら、背脂は亡くなった雪雄伯父さんのことを思い返してはつぶやいた。 「寝台特急はなくなってしまうけれど、僕にはこれがあるよ、おじさん!」 そう言って目の前の模型のそれを見つめた。おじさんとのラストランだ。
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