#第35回どうぞ落選供養 初めて公募に挑戦させていただいたお話です◎ 結果は落選ではありましたが、書いていてとても楽しかったです✩.*˚ ────────── タイトル:銀色の愛 「今何時?」 『二十三時四十二分です』 「了解。ありがとう」 お役に立てて良かったです、と丁寧な挨拶を述べてアンドロイドは再び自然環境音を流し始めた。 川のせせらぎ、鳥のさえずり。最新の音響効果で、目を瞑るとまるで森の中にいるのだと錯覚しそうだ。 『二十四時前になりましたので明日のスケジュールをお伝えします。研究レポートの提出、アンドロイド開発者の意見交流会』 それから、と明日の過密スケジュールを読み上げる無機質な声によって、心地の良い時間は強制的に終了させられた。 「……ありがとう。お疲れ様」 『お疲れ様でした』 ゆっくりと目を開けばそこに広がるのは大自然、ではなく書類で散らかった机、段ボール箱に入ったままのネジや部品。我が部屋ながら思う。よくもまぁここまで散らかせるもんだ。 電源が切れて動かなくなったアンドロイドを壁際に移動させる。次の開発は家事だけじゃなくて、レポートをまとめてくれたり、代わりに交流会に出席してくれるアンドロイドにしよう。 明日締切の研究レポートがまだ三分の一も出来ていないという現実から逃げるように天を仰ぐと、腹からぐぅと情けない音が鳴った。 『――腹鳴を確認しました。食事の準備を開始します』 突然背後から聞こえた声にうわぁ! と、柄にもなく大きな声を出してしまった。 その声には聞き覚えがあった。恐る恐る振り返ると、思っていた通り「そいつ」は立っていた。 「なんで、倉庫にしまってたはずなのに……『腹鳴を確認しました。食事の準備を開始します』 「いや、食事の準備はしなくていい」 チカ、チカ、と瞳のランプを点滅させた後、そいつは俺の意に反して部屋を出て行った。 「おい! 飯はいいから……あぁ、そうか」 旧型のアンドロイドは、予めプログラミングしている動作しか出来ないんだった。人間みたく柔軟な対応をする最新型のアンドロイドと共に生活しているせいですっかり忘れていた。 「おい、諦めろ。何もないぞ」 最後の食料だったカラカラに乾いた食パンも、昨日の夜中に食べ尽くした。 旧型アンドロイドは空っぽの冷蔵庫をスキャンしているのか、キョロキョロと中を見回している。その銀色の背中を見ているとあの日のことを思い出した。 ――今日からこの子がお前の母親だ。 卵みたいにつるんとしたアンドロイドの頭を撫でて、父は言った。 父は家政婦型アンドロイド開発の第一人者だった。プログラミングすれば食事の用意や掃除、あらゆる家事をこなすアンドロイドは、当時世紀の大発明と世界中から評価された。 天才だ! 神だ! そうやって崇められた父はその期待に応えるべく、一層開発にのめり込んでいった。息子の俺のことが見えなくなるぐらいに。 朝早くから夜中まで研究室に籠り、久しぶりに帰ってきたかと思えば熊みたいないびきをかいて眠る。 遊んでほしい、おしゃべりしたい、一緒にご飯が食べたい。言いたいことは山ほどあったが幼い俺は何も言えず、いつも一人で泣いていた。母がいれば、母が生きていれば、何度そう思ったことだろう。 金属で出来たアンドロイドを母だと思えと父は言ったが、俺には到底思えなかった。 指示された家事だけを行い、食事も摂らず、感情もない。ただ淡々とプログラミングされたことだけをこなすこいつのどこが母なんだと。 『スキャン完了。食材不足のため調理不可です』 未だに夢を見る。なんなら今朝も見た。 夢の中の俺は子どもになっていて、母の柔らかい腕に抱かれている。それから優しい声で名前を呼ばれ、俺が笑って母がつられて笑う。 ありもしない在りし日を想起して空しくなる、そこまでが毎度のお決まりだ。 「……母さん」 じわりと霞む視界に、自分が泣いていることに気付いた。違う、これは疲れのせいだ。零れた弱音もこの涙も。連日徹夜が続いていたから、そのせいで――。 「何して……」 旧型アンドロイドは何も言わない。ただ冷たい胸で俺を抱き締めた。 『可愛い息子』 「……は?」 『貴方は私の可愛い息子』 驚いたのは突然抱き締められたから、だけじゃない。 無機質なはずのその声が、夢の中で聞いた母の声と同じ声に聞こえたから。 『私の可愛い、可愛い息子』 なんだか胸がいっぱいになって、堪らずその背に腕を回す。 でもどうして倉庫から、そう言いかけたその時、テーブルに置いたデジタル時計が点滅した。デジタルの盤面は二十四時を示している。 あぁ、日付が変わってしまった。名残惜しいが感動の再会もこの辺にしておこう。スイッチをオフにしようと背中のスイッチ板に触れて、そのまま手を止めた。 「……あれ? オフになってる」 確かこの型は自動でスイッチがオフになる機能も、予備バッテリーもまだないはずだ。だとしたら、どうして――。 『私の可愛い息子、お誕生日おめでとう』 そうか、俺――。言われて思い出した。 「……もしかしてそれを言うために倉庫から?」 旧型アンドロイドはチカ、チカ、と瞳のランプを点滅させた。 ──────────
- 市川 摂