#第35回どうぞ落選供養 お知らせをいただいたので供養に来ました🙏 よろしくお願いします(*・ω・)*_ _)ペコリ テーマ「ともだち」 優しいデイウォーカー 晴天続きで石畳の砂埃が舞い上がり、心なしか青空が霞んで見える日だった。買い物に出かけた僕は、街角で見覚えのある横顔に目を奪われた。 『少しだけ頼めるか。家に帰る力がいるんだ』 十五年前の夜、吸血鬼である彼は紅い瞳を僕に向けてそう言った。 突然、僕の前に現れたルカはぼろぼろの状態だった。吸血鬼に恨みを持つ人間たちに襲われてしまったのだ。月明かりに照らされて横たわる彼は、傷だらけなのにどこか美しく、少年とは思えないほどの色香があった。 本来なら僕たちは共存できない。 人間は彼らの食糧でしかないが、大切な人を奪った彼らを赦さない。僕とルカの間に芽生えた感情の方が稀有なのだ。人間への憎悪を燻らせたルカに求められて、僕は迷わず自分を差し出した。もう既に彼に惹かれていたのだと思う。 今でもあの恍惚は覚えている。 首筋に立てられた牙の鋭い痛みと恐怖は、すぐに言葉に出来ないほどの幸福感に取って代わられた。彼の腕の中でゆっくり取り込まれ、揺蕩うような安寧の波に身を任せておけばよかった。 (このまま……) そう思った時、不意にルカが僕の体を離した。夢から覚めたみたいに僕が目を開けると、さっきより力が漲った瞳で彼が微笑んでいた。彼の本能が完全に覚醒する前に、ルカは僕を解放したのだ。 『おまえ、魔法使えるだろ』 そう言われて、僕は凍りついた。 この国では魔力を持つ人間がたまに存在する。そして、その人たちは魔族に準ずる扱いを受ける。母は魔女の血をひいていたから、僕はその力がいつ片鱗を覗かせるのかとびくびく しながら生きていた。 『おまえの血が流れ込むと、母さんにハグされてるみたいだ。温かくて、優しくて』 あの幸福な気持ちをルカも感じていた。もしかしたら彼に惹かれたことさえも、僕たちに通底する部分がもたらしたものなのかもしれない。 『たとえ魔力を持っていても、おまえはおまえだ。そのままでいい』 (ルカ 会いたい) 「久しぶりだな」 耳元で声がして、回想が途切れた。 はっとして顔を向けると一人の青年が立っていた。整った綺麗な顔立ちに、無邪気な笑顔が重なった。夢かと思うぐらい現実味のない透けるような美しさに、僕は立ちつくすだけだった。 (これが魔族の力なのか) 圧倒的なその美貌を纏い、時を奪って僕らを虜にする。全てを彼に委ね、捧げたくなる。 「血がざわめいたんだ。探したらおまえがいた」 「……ルカ」 僕はようやく彼の名前を口にした。 伝えたい気持ちはいつも頭の片隅にあったのに、咄嗟に出てこない。 「おまえは今でも俺の中に残ってる」 「僕は幸せに生きてる。君のおかげだよ」 金縛りが解けたように僕は一気に放った。彼が微笑むと、周りの空気までも震わせるかのようだ。 「俺もだよ。人間に酷いことも出来なくてさ」 「君は優しいから。あの時だって僕を奪わなかった。僕はそれでもいいと思ったけど」 「ああ。知ってる」 成人した今では、虹彩も僕の鳶色と変わらない。そうしてまた僕らに紛れ込むのだ。獲物を狩るために。 それでも僕の胸に去来するのは別の感情だった。 僕の血を取り込んで生き長らえる存在がある。僕の細胞が二人を繋ぎ止めている。そのことがこの上なく愛おしく思えた。 彼の優しい眼差しに、僕も頬を緩めた。 「セナ。どうしたの、ぼーっとして」 妻のエレンの声で雑踏の音が戻ってきた。 「あ、いや。友だちを見かけた気がして」 辺りへ視線を向けたが、あの綺麗な横顔はもうどこにもなかった。微かに頚に残る小さな痕にそっと指を触れると、確かな彼の存在が返ってくる。 「でも、行ってしまったみたいだ」 「また会えるわよ。こんな狭い街だもの」 「そうだな」 二人の想いが交錯する日はまたやってくるだろう。僕はエレンから荷物を受け取り、街角を後にした。
- 星空