はじめまして。つくログの使い方が分かっていなくて、大丈夫かな、と心配です。企画に参加したいです。テーマ「名人」の回の作品です。よろしくお願いします。#第35回どうぞ落選供養 おばけはだあれ? 七積 ナツミ 向かいの家に住んでいるやっちゃんは、怖い話の名人だ。夏になると、近所の人達を集めて怖い話をする。やっちゃんが十歳の時、突然怖い話をするようになったらしい。その年からは毎年欠かさず人を寄せているそうだ。それが本当なら、今年は八十回目のお話会だ。お話会についてはどこから共なく噂が流れる。今年も大人たちの世間話に、その噂はこっそり紛れていた。 「祭りはいいけど、準備が容易じゃないわ」 「今年も祭りの前にあるんだべ」 「お前んちは行くんか?」 「そうな、こどもが楽しみにしてるもんで」 「小林さん家もだわ。誘わんと!」 やっちゃんの家は農家の一軒家で、ボロ屋だ。母さんたちはボロ屋だって口に出しちゃダメっだって言うけど、ボクにはどうしたってボロ屋に見える。網戸は破けているし、窓から覗くと部屋の中は古い家具や道具でいっぱい。テレビで見たゴミ屋敷みたいだ。庭の畑には野菜がたくさん植えられているけど、どれも萎びている。納屋の土壁にぶら下がっている農機具はどれも古くて錆び付いているのに、妙に鋭く、一振りで人の首くらいは飛びそうだ。どんなに晴れていてもやっちゃんの家の敷地に入ると、ひんやりして薄暗い。 お話会の日には、やっちゃんは庭に縁台を用意して、そこに煮物や、漬物や、切った野菜や果物など、聞きにくる人たちへのもてなしを用意している。真夏は日が長いから夜の七時でもまだ明るくて、薄暗くなる夜八時頃から人が集まり始める。お話が始まるのは大体九時頃で、それまでみんなやっちゃんの用意したもてなしを頂きながら、大人たちは自分の家から持ち寄った、ビールや麦茶を飲んで、世間話をして過ごす。こどもたちはやっちゃんが玄関先で餌をやっている猫たちを構ったり、鬼ごっこやかくれんぼをして過ごす。そうしているうちに刻々と日は暮れる。 お話が始まる合図は和太鼓の音。やっちゃんの家の中から、大きな和太鼓の音が三回聞こえる。 どおーん、どおーん、どおーん しばらくすると、白い着物を着たやっちゃんが、玄関から出てくる。右手には太い長い蝋燭を持って、その火を消さないように、ゆっくり、平らに歩く。やっちゃんの陽に焼けた皺皺の右手が小刻みに震えて、炎と黒い影を揺らす。移動しているやっちゃんと目が合った。それも、ピッと長めにボクの方を見ていた。ぼくは蛇に睨まれたカエルのように固まってしまった。やっちゃんの瞳の強さが、炎の残像のように瞼の奥に焼きついた。いよいよお話が始まる。 「あれはたしか、去年の今日だ。オラは、朝から今日準備したのとそっくり同じに話をする準備をした。料理をこさえて、野菜や果物を並べて、白装束にアイロンをかけた。そん時、ちょっと頭が痛くなったんだあ。頭抱えるほどでもねえし、大したことねえと思って、そのまんま夜まで過ごした。そん時になあ、よくよく気をつけてやれば良かったんだがなあ、まづまづ、事はそんなにうまくねえ。日も暮れ始めて、いよいよと言う時になあ、今日みたいに集まったこどもたちが、かくれんぼして、遊んでたんだあ。始まるからってんで、西の家の安子さんが、子どもたち集めて座らせた。それを見てオラは和太鼓を鳴らした。蝋燭に火をつけて、今日みたいに、玄関からここまで、そろそろと歩いた。そん時に、まあた、頭が痛くなったんで、ああこれはまずいなと思った。かくれんぼの中から出てきていないこどもがおる」 生ぬるい風が吹いて、汗ばんだ肌を舐める。大人たちはやっちゃんに釘付けで話の続きを待った。こどもたちはまんまるい目玉でお互いの顔を見合わせ、震えた。 「その年は、お話が終わっても、そのかくれんぼが終わらなかったでなあ。オラは一年中、付き合わされることになった。オラは確かめる時、『もういいかい』と大きな声で叫んだ。そうすると聞こえてくるんだ、こどもの声で『まあだだよ』」 大人たちもそれぞれに目を丸くしてお互いの顔を見合わせる。そして、一人ずつのこどもの顔を確かめるように見て回る。 「んだども、もう、付き合えんでなあ。今日が最後じゃ。成仏するんじゃ」 そういうと、やっちゃんは胸元から白い長いお札を出して蝋燭の火で焼いた。炎が一番高く上がるのと同時に大声で叫んだ。 「もおいいかああい」 「もおいいよお」 思わず、ボクは、言ってはならない一言を叫んでいた。これを言ったらボクはもうここにはいられない。そこにいる大人もこどもも、みんなが皿のようなまあるい目ん玉でボクのことを見た。やっちゃんはピッとボクを見てから、やさしく笑ったように見えた。
- 七積 ナツミ