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最終回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「その後の彼女」深谷未知

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最終回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「その後の彼女」深谷未知

 どこまでも、抜けるような青空を、睨みつけながら、凝視する。もし見上げている私を誰かが、見下ろしていたら、どんなふうに私は見えているんだろう。そんなことをぼんやり思う。

 肩から下げたカバンの紐をギュッと握り、畑に囲まれた道を歩く。ダイエットのため、最近在宅ワークの合間に歩くことにした。私の住む県にも、緊急事態宣言が出て、不要不急の外出は、控えるようになった。

 家に閉じこもっていると、息が詰まるので、時々、ウォーキングと散歩の中間のようなことをしている。

 歩きながら、ふと田んぼの脇の草むらに、トカゲの死骸を見つけた。やせ細った体が、乾燥している。こんな場所じゃ嫌だ、もう少しいい死に場所を探したいと、言わんばかりに体を伸ばして、もう少し歩こうとして、力尽きたようだった。

 何となく偶然見つけた死骸から、目が離せなくなった。私もいつか死を迎えた時に、このトカゲのように、こんな場所じゃ死ねないと思うのだろうか。こんな場所よりもっといい場所で、息をひきとりたいと。

 納得のいく死に場所ってどこだろう。いつだったか、天国に近い場所として、あげられていた海岸があった。天国に近い場所なら、安らかに死ねそうな気がした。けれど、死にそうになったら、果たしてその場所に行けるのか、そう考えたら結局、自分の納得のいく死に場所なんて、存在しないのだろうと、がっかりした。

 名も知らない草の間にいるトカゲも、居心地悪そうだ。風が吹き抜けて、草が緩やかに揺れる。私の髪を風がいたずらに、揺らしていく。

 ため息をつくと、カバンの中にあるスマートフォンを取り出して、トカゲの写真をとった。我ながら悪趣味かな、と思ったが何故だか、トカゲに愛着すらわいていた。

 スマートフォンをカバンに仕舞おうとして、ふと手が止まる。軽く振動している事に気づいて、画面を見ると友人の名前が出ていた。

「もしもし、どうしたの」

 電話に出ると、相手はやけに、明るく話してくる。

「いいことでもあったの」

 と聞くと、

「うん、昨日見た夢の話なんだけど、聞いてくれる」

 話を聞いてみると、何だそんなことかと思うと同時に、この友人こんなに、唐突に電話かけてくる子だったっけと思う。

「私さ、最近、海に行きたいなと、思ってたの。でもさ、今のご時世、遠出できないじゃない。だから、海がテーマの映画を片っ端から、借りて見てたの」

 この子映画好きだったっけ。と、疑問が再びわいた。視線の先に、トカゲが目に入った。先ほどと変わらぬ形で、トカゲは佇んでいる。

 心なしか、居心地悪そうだったのが、申し訳なさそうというより、もうこの場所で心を落ち着けましたと、堂々としているように見えた。

「海の映像ばかり見ていたからか、海の夢を見たの。その海は、今までいったどの海より美しかったの。雲一つない青空で、海と空の境目が、滲んで霞んでいた。私は、この場所でなら死ねると思ったの。むしろ、この場所でなきゃ死ねないと思った。でね、目が覚めた時、私泣いてたの。どうしても、その海がどの場所にあるのか分からないの。でも、すごく幸せだった」

 話し終えた友人が、何を言いたいのか私には分からなかった。その気持ちが分かったのか、乾いた笑い声をたてて、友人はこう言った。

「私、幸せだなと思うの。この場所なら死ねるって思えるってことは、まだまだ、生きたいってこの場所が見つかるまで、私は生きていけるんだって」

 そう言って、友人は電話をきった。

 友人がきったあとも、私はスマートフォンを耳に当てていた。彼女は、つい先日、亡くなった。友人代表で、私は、彼女の骨を拾い骨壷に入れさせてもらえた。彼女の骨は、白く綺麗で、しっかりとしていた。

 彼女は、納得のいく死を迎えたのだろうか。私は、夢の中で、彼女と何度も電話している。彼女は、私に何を伝えようとしているのだろう。私は、こんなに若くして亡くなったけれど、後悔はしてないと、いいたいのだろうか。

 そんなこと、どうでもいい。彼女が納得していようが、私は納得出来ない。彼女の死を。

 視線の先にあるトカゲは、いつの間にか骨になっていた。私は、夢と現実の狭間で、永遠の散歩を続ける。彼女が、私の前に現れることを、強く願いながら歩き続ける。先ほどより強い風が吹いて、トカゲの骨を草が優しく慰めるように、撫でていった。

(了)