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第77回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「盲目」あんどー春

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作文・エッセイ
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第77回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「盲目」あんどー春

 客がスマホの画面を見せてきた。「この画像で彫ってほしいんですけど」

 かわいらしい女性だ。当然恋人なのだろう。

「結婚の約束したんで。けじめっていうか、覚悟っていうか」

 照れ臭そうに、でもまっすぐこちらを見つめてくる。

「彫るといっても、最近はプリンターを使って自動でできるので技術的には難しくないし、感染症等の心配もありません。ただ、一生取れませんよ?」

「わかってます」

 本当にわかっているのだろうか。

「網膜にこのタトゥーを彫るということは、誰を見てもその顔になってしまうんですよ」

「だからやりたいんです」

「他人だけじゃなくて、彼女本人の泣いた顔とか怒った顔とか、この先歳を重ねていく変化も見れなくなりますよ」

「いまがピークで大好きなんで。この瞬間を閉じ込めておきたいんです」

 苦笑した。

「立ち入ったことを聞くけど、彼女とは付き合ってどのくらい?」

「来週の水曜でちょうど二ヶ月です」

「君はいまいくつだっけ」

「十四です。中二」

 もはや客というよりただの少年だ。

「保護者の同意書は持ってきてる?」

「もちろん」少年が誇らしげに広げる。

「親御さんは許してくれたってこと?」

「はい。二人もお互いの顔彫ってるんで」

 嘆息した。こちらも商売なので拒む理由はないのだが、やはり年齢が引っかかる。

「これは彫り師でなく人生の先輩として言うけど、君がその彼女と結婚まで至る確率はほとんどゼロに近いと思う」

「何でですか」少年が目を剥いた。

「まだ若いから。新しい出会いもたくさんあるし」

「こいつしかいないって決めたんです」

「恋っていうのは一時的な感情でね、勢いだけで突っ走ると必ず後悔する日が……」

「あんたに何がわかるんだよ」

「君たちのことは何も知らない。ただ一般論として……」

「俺たちは本気です」

「べつに疑ってるわけじゃないんだ。君の体が心配で」

「少しくらい視界が狭くなったって構いません。彼女さえ見えればいいですから」

 もはや何を言っても無駄だと悟った。むしろ、否定されるほど意固地になってしまう年頃だろう。ならばこちらも仕事と割り切る他ない。

「わかりました。やりましょう」渋々承諾した。

「ありがとうございます」

 深々と頭を下げる少年の目には涙が浮かんでいた。思ったより真剣なのかもしれない。青臭いが、二人が本当に結ばれる未来を信じてみようかという気持ちが少しだけわいた。

「では眼球の状態をチェックするので前の台にあごを乗せてください」

 少年が涙をぬぐって応じる。ともあれ、恋愛にこれだけ情熱を注げるのはうらやましいなと思いながらレンズを覗き込むと、すぐに違和感を覚えた。「あれっ」

「なにか?」

「もしかして、今回が初めてじゃない?」

「二回目です」少年が平然とうなずく。

「これは……女性の画像だよね」

「元カノです」

 絶句した。「えっと……消せないよ」

「上書きしてください」

「二重になっちゃうけど」

「今カノに焦点合わせるんで平気です」

 そういう問題じゃ……。「かなり視界も狭くなるし」

「元カノから解放されればなんでもいいです。誰見てもあいつなのがマジで困ってて」

「当然、僕の顔もだよね」

「はい。だからめっちゃ殴りたいです」

 普段どういう気持ちで生活しているのか。

「ん?」そこで疑問がわいた。「ちょっと待って。じゃあいまの恋人も」

「元カノの顔ですよ」

 首をひねった。「でも結婚の約束……」

「しました」

「顔も見たことないのに?」

 まっすぐ過ぎる若さに恐怖すら覚えた。それとも、ある意味純愛と捉えるべきなのか。

「もしいま彫ったとして、万が一別れちゃったらどうするの?」

「また次の彼女上書きすればいいんじゃないですか?」

 涼しい顔で言い放つ少年と向き合いながら、数年後には本当に視界がなくなっていそうだなと思った。

(了)