阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「イタコにお願い」久保田明日香
「あのう、すいません」
「わあ! 誰だい、あんた!」
「イタコさんに、お願いがあって参りました。」
「ええ? なんだ、お客さんか。困るよ、アポとってくんなきゃ。人んちに急に入りこむなんて、どうかしている。警察よんじゃうところだよ。」
「警察の方には、見えませんよ。私の姿。」
「なに?」
「私、死んでいるんです。霊感があるイタコさんにしか見えません。」
「……最近の若いモンは、何を言い出すか分かんないね。確かにあんた、顔が青白いけど、
どっからどうみても生身の人間だね。なんでスーツ着ているんだ。」
「私、高木と申します。」
「幽霊に名刺もらったのははじめてだ。へえ、すごいね。この商社、私でも知っているよ。それで?お願いってなんだ。口寄せ代、お嬢ちゃんの給料で払えんのかい。いったい、だれをあの世から呼び戻してほしいんだい。」
「私を、あの世に送ってください。」
「は?」
「成仏したいのに、なぜかできないんです。」
「帰りな。七十歳前の老人からかって、何がたのしいのかね。」
「私が霊だって、信じていないようですね。」
「なんだ、触るんじゃないよ。うわっ、あんたの手! 私の体をすりぬけてるじゃないか! やめな!」
「イタコさんは、霊を自分の体に呼び寄せた後、あの世へまた帰すでしょ?それなら、私もあの世へ送れるはずですよね? 念仏でもなんでも、唱えてくださいよ。」
「ああ、気色悪い! わかった、あんたが霊だって信じるよ。だけどねえ、大きい声じゃ言えないけど、私はインチキイタコなんだよ。……なんだい、そんな目でみるんじゃない。いいかい、私は人間の心が読めるだけだ。依頼人と話したときに、その人の考えてること、望むことが手に取るようにわかるんだ。だから、その相手が望むような答えを、適当に演技しながら言うだけなのさ。あの世の霊をよぶなんて、できない。」
「じゃあ、どうして私が見えるんですか。」
「しらないね。あんたが、中途半端な霊だからじゃないのかい。……なんだい、どうして泣いてるんだ?」
「中途半端って……。私が一番傷つく言葉です。だって……仕事も恋愛も、中途半端なまま死んじゃったから……。」
「出世したわけでも、結婚したわけでもないってのかい? じゃあ、これからはりっぱな霊として生きていけばいいじゃないか。」
「りっぱな霊ってなんですか。」
「霊を生業とするのさ。どうだい、私と組まないか。あんたが人に取り付いて、ちょいとビビらせる。それを私が除霊するフリをする。一回十万円。ちょろいもんだろ。」
「無理です。私、普通の人には見えないし物も触れません。」
「あっそ。じゃ、用は済んだね。出てってくれ。他の霊媒師を探しな。」
「憑りつきますよ。」
「そうきたか。じゃあ、しょうがないね。」
「……どこに電話しているんですか?」
「あんたの会社だよ。あ、もしもし、そちらの部署に高木さん、いらっしゃいますか。……はあ、休み。あの、いそいで誰か高木さんのお家へ行ってください。自殺していますから。ええ、本当に。じゃ、さよなら。」
「なにしているんですか!?」
「あんた、どうせ出勤前にヤケになって、手首切ったんだろ。キズが見えた。でも、傷が浅かったね。救急処置すれば、まだ助かる程度だ。今は完全に死ねていないから、成仏できないのさ。」
「よけいなおせわよ!」
「こんどは、ヒステリーかい。」
「不倫も残業も、もう嫌なの! 楽にさせてよ! それにあんな不審な電話、だれも信じないわ!」
「でも、前田って男は信じたよ。」
「前田部長と話したの!?」
「声だけでも、心は読めるもんさ。今頃、あわてふためいて、あんたの家に向かっているよ。」
「ああ、やっぱり彼、私を愛しているのね!奥さんと別れないって言っていたのに……。 死ぬのはやめるわ! 化粧なおさなきゃ。こんな青白い顔なんて見せられない。彼、きれいな私が好きなのよ。」
「おお……消えちまった。体にもどったのかね。ひょっとしたら、間に合わず成仏したのか……。まあ、私にはどうでもいいことだな。」
(了)