阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「壺割り」花千世子
『皿を割ってストレス発散!』
そんな謳い文句の看板に吸い寄せられたのは、疲れていたからだと思う。
個室に通され、プロテクターをつけ、欠けて売り物にならないという皿を割っていく。
そんなシンプルなものだが、これがかなりストレス発散になった。
仕事の上司のパワハラとセクハラ、お局からの嫌がらせ、私の陰口を言っていた同僚。
そんな嫌いな顔を皿に思い浮かべて勢いよく割り、粉々になるとスッキリとするのだ。
そんなふうにストレスを発散させて個室を出ると、「このやろー! あの上司うるせえんだよー」という怒鳴り声が聞こえてくる。
隣の個室の声が聞こえてきているのだ。
しかし、隣の個室は『壺割り体験』と書かれてある。
「壺割りもあるんですね」とスタッフに聞くと、「ありますよ。こちらも人気です」と営業スマイル。
そうか、壺割りもいいな、次は壺にしよう。
そんなわけで、皿割りに目覚めて二週間目の今日。
婚活パーティーで連絡先を交換した男性とデートをした。
しかし、それは散々なものに終わったのだ。
デートで観た映画が眠くなるほどおもしろくなかったけれど、そんなことは問題ではない。
まったくと言っていいほど話が弾まなかった。
相手の男性が予想以上にイケメンで、緊張してしまったからという理由もあるけれど。
それにしたって、お通夜かってほどに会話は盛り上がらなかった。
それどころか相手の男性は、帰り際はため息ばかりついていたのだ。
どーせ、私みたいな平凡な女が相手だったから、ガッカリしたんでしょ?
そんな被害妄想を爆発させてもしかたがないデートだった。
なんだかストレスがどっとたまったなあ。
そういう時は、皿割だ。
いや、今日は壺にしよう。
「なによお! イケメンだったのにい!」
私は叫びながら壺を割った。
壺を割ったのは初めてだったが、こちらのほうが割れ方が豪快でスッキリ度は皿より上だ。
しかも、なんだか楽しい。
「何一つ話なんか弾まなかった!」
ガシャンと良い音がして、壺をまた割ろうと手を伸ばす。
その瞬間。
「映画デートなら無難でいいと思ったんだよ!」
私はぴたりと動きを止めた。
隣の個室からだ。
直後に壺を割る音も聞こえてくる。
お隣もデートに失敗したのかな。
そんなことを考えていると、再びお隣から声が聞こえた。
「でもなんだよあの映画! 主人公が敵と戦ってる時に俺は睡魔と戦ってたよ!」
……そういえば、この声、聞き覚えがある。
まさか。
いや、まさかね。
「相手の女性はすごく好みのタイプだったからっ! だからって緊張し過ぎだろ俺っ!」
ガシャンという壺の割れる音に、私は試しに壺を手に取り叫ぶ。
「駅までの道は、ため息しかついてなかったくせに!」
「帰り際は自分が情けなくてため息しか――」
ぴたっと隣の個室から声も壺も割る音もしなくなる。
私は思わず個室を飛び出していた。
すると、隣からも男性が出てきた。
それは今日まさに私がデートをした人だ。
お互いに驚いてから、黙りこんでしまった。
男性は、「あの」と呟き、それから顔を上げて勢いをつけるかのように言う。
「もう一度チャンスをもらえませんか?」
私は笑顔で頷いた。