阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「壁の向こうで」嘉島ふみ市
二○一
「ねえ、ねえ、信一。知ってる? 二○二の新垣さんの奥さんと、二○三の美田さんの旦那さんが不倫してたんだって。お隣さん同士でダブル不倫だよ。スゴくない」
「あー、あの色気むんむんの奥さんか。まあ、あの人に言い寄られてきたら男は落ちるかもな」
「ふーん。信一はああいう人がいいんだあ」
「違うよ。例え話だから。でも二○三の美田さんちの旦那さんがね。あの人は真面目そうに見えたけどな」
「男なんてそんなもんよねー」
「お、俺には早紀だけだよ」
「ホントにー?」
「ホントに、ホントに早紀だけ」
「でもさ、お隣さんだし揉めてるの何か聞こえたりするんじゃない」
「ちょっと、やめなよ早紀。聞き耳たてるのなんて」
「ほら、ほら、聞いてみなって。何か揉めてるよ」
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二○二
「だーかーら、私が悪かったって言ってるじゃない。もう終わった話だし、蒸し返さないで」
「しかしな、お前、隣の旦那と不倫なんて」
「終わったことを、いつまでもしつこい。あんた女々しいのよ」
「いや、それにしたって、世間体ってものが」
「大体、もとはと言えば、あんたの甲斐性が無いのが原因でしょう。本当、つまんない男なんだから」
「そんなこと言われても」
「何?じゃあ、私と別れるわけ。あっそう、いいわよそれで。ただ、パパが何て言うかでしょうね」
「せ、専務には黙っててくれないか」
「どっち道、離婚したら分かるじゃない。そしたら、あんた定年まで窓際ね。それでも私と離婚する?」
「離婚は……しない」
「はい、この話は終わり。今日、私忙しいの。これから出掛けるから。帰りは明日か明後日になると思うわ。後のことよろしく。じゃあねー」
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二○三
「絶対に、絶対に許さない!」
「本当に、もう二度としないから。絵里香、許してくれ。このとおり」
「信じてたのに。貴方のこと」
「本当に神様に誓って、金輪際二度としないから」
「あんなババアの何がいいのよ!」
「本当、魔が差しただけなんだ」
「何でなのよ」
「本当、もうしない。約束する」
「あー、もう無理」
「絵里香。ちょっと何してんだ、おい。とりあえず、その包丁を置け。な、落ち着こう」
「もう無理、もう無理、もう無理!あなたを殺して、私も死ぬ」
「バ、バカなことを言うな、やめろ、やめろー」
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二○四
「何か隣すっげえやべえよ。麗奈、ちょっと聞いてみ。マジうける。何か割れる音聞こえたし。めっちゃ喧嘩してる」
「これ本当にヤバくない?警察とかに言った方がよくない?」
「警察が来てくれんのかな。夫婦喧嘩だぜ」
「だって、マジの事件になったら私嫌だよ。気持ち悪いじゃん」
「何か、今、おっさんの悲鳴聞こえなかったか?」
「うん、悲鳴聞こえて、それから急に静かになった」
「これって、マジでやばいんじゃねえ?」
「どうしよう。私、マジで怖い」
「…まだ女が何か喋ってねえか?声聞こえるけど」
「ホントだ。何か言ってる」
『おい。隣のてめえら聞き耳立ててるんだろう。私、分かってんだからな。てめえらも、今ぶっ殺してやる!待ってろ』
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二○五
「ん?隣、人の気配するな?半年前に、火事でこのアパート全焼して、その時住んでた人全員亡くなったらしいから、今、ここに住んでるの俺だけのはずなんだけどな」