こうちゃんの笑顔
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こうちゃんの笑顔
まどのあかり
学校から帰ると、ぼくはすぐにこうちゃんの家に行った。いっしょにあそぶ約束をしていたから。
こうちゃんはたいてい広いお庭であそんでいる。ぼくはいつものように、へいの穴からのぞいて、お庭のこうちゃんに声をかけた。
「あそぼう」
いつもだったら、ニコニコしながらはしってくるのに、今日のこうちゃんはなんだかおかしい。まるでぼくのことなど知らんぷりだ。
ぼくはさっきよりも大きな声で、もう一回声をかけた。
「こうちゃん、あそぼう」
こうちゃんはやっとぼくを見た。でも、やっぱりようすがおかしい。にこりともしないで、くびを横に大きくふった。
「じてんしゃの練習してるからダメ!」
ぼくはかなしくなった。
「約束してたじゃないか。ほら、こうちゃんがやりたがってたゲームもってきたよ。いっしょにやろうよ」
「ダメ ダメ ダメ。じてんしゃ に のれる ように なるんだ」
いまにも泣きそうな顔をしながら、何回もチャレンジするこうちゃんを見て、ぼくはもう何も言えなかった。
「じゃあ、帰るよ」
ぼくはトボトボと家に向かって歩き出した。
こうちゃんは他の子よりちょっとどんくさい。今日、学校でじてんしゃ教室が行われたので、もしかしたらこうちゃんだけじてんしゃに乗れなくて、みんなにバカにされたのかもしれない。そう思うと、ぼくはこうちゃんのことがかわいそうでしかたがなかった。
「みんなの言うことなんて、気にしなくていいよ」
ぼくはそう言いたくて、引き返そうと思ったけど、やっぱりできなかった。こうちゃんは一度言い出したら、何があっても聞かない。そんなこうちゃんがぼくは大好きだった。
次の日、ぼくは気になって、帰りにこうちゃんの家に寄った。こうちゃんはまだ、じてんしゃの練習をしていた。声をかけようか、このまま帰ろうか考えていると、こうちゃんがぼくに気づいてこっちを見た。
「やあ」
ぼくはあわてて、それだけ言った。こうちゃんはあざだらけの顔でニッコリ笑った。ぼくは安心した。今日はいっしょにあそべるかな。でも、ゲームは家にあるから、取りに帰らなくちゃ。
「ねえ、ぼく、じてんしゃにのれるようになったよ。見て」
こうちゃんは力いっぱいペダルをこいだ。タイヤがいきおいよくクルクルと回った。ほんの少し走ったあと、こうちゃんを乗せたまま、じてんしゃはバタンとたおれてしまった。
「こうちゃん……」
あまりにも見事に転んだものだから、ぼくはおかしくて、おもわず笑ってしまった。そのとき、起きあがってこっちを見たこうちゃんと目が合ってしまった。
「まずい……」
ぼくはすぐに半笑いになって、ごまかそうとした。もしかがみがあったなら、割ってしまいたくなるほどひどい顔をしていただろう。
こうちゃんはまっすぐぼくを見た。そして笑った。今まで見たこともないような、きらきらした笑顔で。
ぼくの心はどんどん暗くなっていった。こうちゃんを見るのがつらくなって、にげるようにして帰っていった。
その日からずっと、こうちゃんとは会わないようにした。学校でこうちゃんを見かけても、わざと回り道をして帰った。ふしぎに思った友だちに「何かあったの?」って聞かれたけど、何も答えなかった。自分でもどうしてなのかよくわからなかった。
こうちゃんが転校したことを知ったのは、しばらくたってからのことだった。全然見かけなくなったので、どうしたのかなと思って、こっそりこうちゃんの家まで行ってみた。すると、知らないおばちゃんが、お庭で洗たく物を干していた。こうちゃんはもうそこにはいなかった。なんであのとき、すなおにあやまれなかったのだろう。
「こうちゃん、ごめんね……」
ぼくは心のなかで何度もつぶやいた。
二カ月後、一枚のはがきがとどいた。まぶしい笑顔でじてんしゃをこぐこうちゃんの写真が付いていた。
「決めた! じてんしゃでこうちゃんに会いに行くよ」
となりにいたママがぼくを見てほほえんだ。
ぼくは少しだけ、大人になった気がした。