阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「石とセーラー服」瀧なつ子
愚鈍なオサカベが、のっそりと立ち上がった。
オサカベは、本当にセーラー服が似合わない。ずんぐりしていて、姿勢も悪いし顔もごつい。
ゆっくりリュックを背負って教室を出ていくオサカベを確認すると、あたしはあさみにアイコンタクトを送る。あさみもオサカベのほうを含み笑いしながら見ると、あたしに視線を送ってきた。
あたしとあさみは連れ立って教室を出て、オサカベのちょっと後ろを歩いた。
「ねえ、気づいてないよ」
あさみがあたしに顔を寄せてささやいた。
「うそでしょ。どんだけ鈍感なの」
あたしたちはクスクス笑う。
オサカベはなにをやらしてもどんくさくて、間抜けだった。特に体育なんて、見ていてあきない。今日のマット運動では、まっすぐ前転ができなくて、何度もマットからはみ出していた。
そんなオサカベに、あたしとあさみから、サプライズプレゼントをすることにした。
通学カバンであるリュックに、校庭で拾った石を入れて差し上げたのだ。あまり使ってなさそうなサイドのポケットに拳大のを、二、三個ほど。
そんなことにも気が付かずに、家までいつもより重たいリュックを背負って帰るなんて、オサカベはなんてけなげなんだ。あたしとあさみは、応援したくなる。
あたしとあさみは、オサカベのファンでありプロデューサーだ。
その間抜けなご尊顔を拝見するためなら、どんな仕掛けでもする。
アルトリコーダーの頭部管だけ捨ててあげたり、家庭科の課題で縫っていた作品の刺繍の糸を切ってあげたり、情報の授業で使うUSBの中身を全部消してあげたり。
オサカベはその都度、静かにパニックを起こす。先生に言いに行くこともあるが、オサカベはいつもぼーっとしているから、たいてい自身の不注意のせいにされる。そのたびにちょっと首をかしげて、納得がいかないような顔もするけど、オサカベはそれ以上、騒いだりはしない。そこが、あたしたちのお気に入りポイントでもある。
オサカベは、あたしたちという素敵な演出家がいるなんてことには気が付いていない。きっと、この演出にはクラスの他の人たちからも喜ばれているはず。
オサカベは家に着いて、石に気が付くだろうか。想像しただけで、笑いがこみ上げてくる。石を手に取って、首をかしげるどんくさいエンターテイナー。
ひいふう汗をかきながら石のつまったリュックを背負うオサカベは、いつにもまして面白かった。
あさみはこの遊びが気に入ったらしく、その日から頻繁にオサカベのリュックに仕込むための石を拾ってきた。
もちろん、授業中のエンタメも忘れない。体操服のハーフパンツのお尻の部分を濡らしておいてあげたり、教室を移動する際にうその情報を流して一人だけ別の教室に行かせたり。
そんなふうにあたしたちが学校生活を楽しんでいると、やがて冬服の季節がやってきた。
長袖で紺色のセーラー服に衣替えしても、オサカベはやっぱりかわいくない。頭も成長しない。
今日もオサカベは、石を仕込まれたリュックを背負って帰宅する。
あたしとあさみはいつもどおり、クスクス笑いながら彼女を尾行した。最近は動画でその姿を撮るというアイデアも思いついた。
ところが、今日はオサカベは突然アドリブをかました。いつもと違う道をとおり、袋小路に入っていく。そこで突然、
オサカベがどすんとリュックを下ろすから、あたしとあさみは驚いた。
オサカベが振り向いて、あたしたちを見る。
「ね、ねえ」
あさみに突っつかれておろされたリュックを見ると、アスファルトにめり込んでいた。
次の瞬間、オサカベが「ふんっ」というと、セーラー服の両袖がめりめりと破れて、強靭な上腕が破れた。筋肉がやばい。
「あんたらは、あたしを強くしすぎてしまった」
愚鈍なはずのオサカベとは思えない明瞭な発音だった。
オサカベはリュックから、あさみが入れた石を取り出すと、あたしたちの目の前で片手で粉砕した。
「今度は、わたしがあんたらを鍛えてあげる番だ」
となりで、あさみが失禁する音が聴こえた。