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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「懐柔」獏太郎

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第56回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「懐柔」獏太郎

このお石さまのおかげで、ウチの全てが変わってんで! ありがたいことやわぁ。

ばぁちゃんは毎朝、庭で拾った石を拝んでいる。二ヶ月前に夜空に流れ星が見えて、直後に何か大きな音がした。びっくりして庭に出ると、この石が落ちていたという。きっと隕石だ。石を洗って、床の間に飾った。家にある一番良い座布団の上に乗せて拝んでいる。これがきっかけで、運気が変わったそうだ。

酷かった便秘が治った。膝が痛くて辛かったのに、痛みがキレイになくなった。宝くじで一万円当たった。卵の黄身が双子だった。日々、ありがたい恩恵を受けているらしい。毎晩電話をくれるが、その度に嬉しそうに、その日あったいいことを話してくれる。気持ちはわかるけど、来年中学受験を控えている俺のために、長電話を止めてくれとお願いしたい。

週末なので、今日は少しだけ早く塾が終わった。その足で、ばぁちゃんをを訪ねた。やっぱり拝んでいる。

「ばぁちゃん、ずっと拝んでるなぁ」

「このお石さまは隕石なんやで」

「ホンマに空から落ちてきたんか」

「間違いないわ、隕石やて」

ホンマやろか。ただの石ころに見える。

「ばぁちゃん、ホンマに隕石か調べてみよか」

「あんたは凄いなぁ。そんなんわかるんか」

「あてがあるんねん」

「ほな、任せるわ」

自宅に戻って、パソコンを急いで立ち上げた。ある番組で、どんな困りごとでも解決するコーナーがあるのを思い出したからだ。ここで取り上げてもらえたら。少々話を盛って、調査依頼を送信した。

三ヶ月後、ばぁちゃんの自宅に朝から沢山の人が押し寄せた。番組スタッフが本当に取材に来ているのだ。石は専門機関で本格的に調査してくれるという。嬉しくなってばぁちゃんが近所の人に話したので、ギャラリーがわんさか押し寄せた。列をなす年寄りが、床の間の石を撫で回す。番組でのこのコーナーの時間は十五分程だが、収録は夕方までかかった。騒ぎの余韻は翌日まで残った。

一週間後、石の鑑定結果が出た。番組のクライマックスの収録は今日。スタッフから結果を聞き、ばぁちゃんは目を見開いた。

「なんかの間違いや。ちゃんと調べて!」

予想もできない結果だった。誰もわからないという。今まで見たことにない成分が表面に大量に付着しており、中の性質が変わっているので結果が出せないという。それでも、ばぁちゃんは隕石だと思って拝んでいる。

一ヶ月後、放送当日を迎えた。結果はわからないという消化不良の終わり方だ。翌日、ばぁちゃんに来客があった。一緒に話しを聞いてくれと電話があり、慌てて向かった。

玄関には背の高いおじさんが立っていた。ばぁちゃんが話を聞いている。突然、カラッと表情が変わった。

「そうですか、あなたも漬物を!」

全く話が読めない。

なになに、この人は国でずっと漬物を漬けていた。つい最近、こっちへ引っ越してきた。来る途中で、宇宙船の窓から息子が漬物石を落とした。ええっ、宇宙人じゃん! ばぁちゃん、漬物で盛り上がるなよ。昨日の放送を見て来たのか!

ばぁちゃん何を取りに家に入ったんだよ……って、漬物かよ。なんでこんなにも、漬物で初対面の人と盛り上がれるんだよ。今度近所の方を集めて、漬物でお茶しようって! あんたも乗るなよ、そんなに喜ぶなよ!

で、ばぁちゃん、これ隕石だよ。そんなにすんなり返すなよ。すげー発見だよ。この宇宙人の星の石だよ。漬物石になっちゃったけど。えーっ、すんなり返すの? マジかよ。連絡先交換してるし。いいのかよ、これで。ホントにいいのかよぉ!

ばぁちゃんは隕石という事実よりも、漬物フレンドが出来たことが嬉しいようだ。もう隕石なんて、どうでもいいのかも。ばぁちゃんと男性を背にしながら、俺は帰宅した。

時は流れて。俺は成人式を迎えた。地球は宇宙人たちに支配されていた。彼らは攻撃を仕掛けることなく、言葉巧みに高齢者を懐柔していった。だから、みんな侵略されたと悪い印象を持っていない。不思議な隣人が増えたと思っているだけだ。地球規模の超高齢化社会となり、若者の人数を遥かに凌ぐ高齢者達は、宇宙人を恐れることはなかった。この星の高齢者は懐が深いのか。

非人道的な扱いはない。奴らは、各国の政治も牛耳った。意外だが、その方が上手くいくのだ。安全保障も経済も、驚くほど安定した。今までの政治家よりも、奴らの方がよっぽど手腕がある。このままずっと、侵略してもらってもいいんだけど。その方が、世界が平和なんだ。