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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「侵略者の石」古賀未怜

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第56回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「侵略者の石」古賀未怜

ある日、地球に小さな隕石がいくつも落下した。

この隕石、実は中に宇宙人が地球侵略のために送り込んだウイルス生命体が入っていたのだった。

このウイルス生命体は、人間の男性にのみ感染能力を持つ。一度感染すると、体も人格も乗っ取られてしまい、二度と引き離すことはできないのだ。

気づかれないように人類の内部から侵略していこうとする宇宙人の策略だった。

 

サラの夫も人知れずウイルス生命体に感染し、体と人格を乗っ取られてしまった。

朝起きると姿形は変わらないが、明らかに普段の様子と違っている夫を訝しんでサラは問い詰めた。

『あなたどうしたの?様子がおかしいじゃない』

『何を言っているんだい? サラ。僕は僕だよ、何も変わらないよ』

宇宙人は内心、なぜこんなに早く怪しまれたのかわからなかったが、とにかくなだめようと優しく話しかけた。

『そんなことより、今朝もサラの入れてくれた美味しいコーヒーが飲みたいよ』

しかしサラは納得しない。どころか、疑いを確信に変えたようだった。

『夫婦をなめないで。どんなに姿形が同じでも、中身が別人になっていたらわかるものなのよ』

なんと地球の女の鋭いことか。宇宙人は仕方がないので正直に話してしまった。

どうせ一度感染してしまった以上、もう引き剥がされることはないのだし、抵抗されたらこの女も殺してしまえば良いだけのこと。

ただし、できればある程度地球の中から静かに侵略したのち、故郷の仲間を呼び寄せたいところだが。それが我々の与えられた任務なのだから。

『わかったわ。そういうことなら仕方ないわよね。せいぜい目立たないように夫のふりをしてちょうだい。』

サラは、宇宙人が拍子抜けするほどすぐに現状を理解し受け入れた。地球の女とはこうも現実肯定がうまいものなのか、これなら侵略も簡単かも知れないと宇宙人は安堵した。

『よし、物分かりが良いのは良いぞ。とりあえず腹が減った! この人間のためにも栄養の良いものを作れ!』

『ちょっとあなた。今言ったばかりでしょう。侵略をつつがなくこなしたいなら、周りの人間に夫と別人だと見抜かれないように、夫のふりをしなくちゃダメよ』

『私の夫は、そんな乱暴な物の言い方を私や子供達にしないわよ。物腰も柔らかくて丁寧で優しい人なんだから! 特に子供達に正体がバレたら厄介なのよ。人間の子供は内緒なんて守れない。あなたが宇宙人だと分かればすぐに周りに言いふらすわよ。それはあなたも困るでしょう。充分気をつけてちょうだい』

そうまくしたてられ、

『そうなのか、それは私も困る。わかった、充分気をつけるよ』

宇宙人はそう素直に応じた。

『あーそうそう。夫は料理も掃除も上手だったんだからね。洗濯物もよく庭で干してくれたの。ご近所さんにいつもの夫と様子が違うなんて言われたら大変よ。気をつけてね。』

地球の男とはそういうものなのか。

『わかった。それならこちらもそのようにしよう』

 

サラの夫に感染した宇宙人は、とても用心して、それはそれは真面目にサラの夫を演じた。サラの話す感染前の男の人格を忠実に再現した。

いつも笑顔を絶やさず、子供ともよく遊んでやったし、甲斐甲斐しく生活の世話もしてやった。妻には常に穏やかに接し、嫌な顔せず買い物にも付き合い、たまに料理も作ってやったりした。仕事も真面目にこなし、仕事仲間にも好かれるように誠実に接した。

それがこの男の常だと教えられたから。

 

サラの家の隣に住む老婦人は、洗濯物を干すサラの夫の姿を見ていた。

最近、隣の家の旦那さんが家族にとても優しい。夫婦で仲良さげに買い物に出かけたり、庭で子供達と遊ぶところもよく見かける。仕事にも毎日真面目に通勤しているようだ。

 

変われば変わるものだ。

 

以前は、怒号や悲鳴ばかりが聞こえてくるような悲惨な家庭だった。まったくひどいDV夫だと心配していたのだが……。

 

こうして地球には、人知れず、家族を大切にする優しい夫が増えた。

地球に落ちた小さな隕石達のことなど誰も気づかない。

いや、気づいた女性がいたとしても誰も声を上げはしないだろう。