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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「グーの陳情」嘉島ふみ市

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第56回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「グーの陳情」嘉島ふみ市

天界の中央に雄々しくそびえ立つ、白亜の神殿の玉座に、神は鎮座していた。

しかし、万能であるはずの神の表情は曇っていた。その困惑の原因は明白で、目の前で膝まずいている、人間ほどの巨大な握り拳によるものであるのは間違いなかった。

神は、またひとつ大きなため息をつき、呆れるように、かつ諭すように、巨大な握り拳に語りかけた。

「グーよ、私だってお主の願いを叶えてやりたい。しかし、私にも無理なものは無理なのだ」

グーは膝がどこかも明白でない、膝まづいたままの姿勢で懸命に声を張るのだった。

「神様。どうか、私の願いを受け入れてもらえないでしょうか」

「お主の願いを受け入れたら、万物の理が破壊されてしまうのだ」

「しかし、私は限界なのです」

折れないグーに、神は耐えかね声を荒げた。

「何度も言っておろう。グーはパーには勝てん」

「そこを神様の力で何とか」

神の怒りにも一歩も引かないグーに、もう一度ため息をつく。

「グーよ。大体、何ゆえに、お主はそんなにパーに勝つことに拘るのだ」

その言葉を待ってましたと言わんばかりに、グーは雄弁に語り出した。

「グーがチョキに勝利するのは理解できるのです。石を切ったら、ハサミの刃は欠けてしまうからです」

「うむ。そのとおりであるな」

「同様に、チョキがパーに勝つのも納得できるのです。紙は、ハサミによって切られてしまうからです」

「うむ、それも理解できる」

一瞬言葉が途切れると、グーの口調が力を帯びた。

「しかし、パーがグーに勝つのが、どうしても納得いかないのです。紙で石を包んでも、石はノーダメージなのです。まだ闘えるのです。グーは、決して負けてはいないのです」

「しかしなあ」

「私は悔しいのです。この歪んだジャンケンのシステムのせいで、全ての子供たちには、石が紙より弱いということが刷り込まれてしまっています。そんな訳は無いのです。あんなぺらっぺらの紙きれなどに、屈強な石が負けるはずはあり得ません。本当に強きものが、間違えたルールによって敗者にされてしまう。こんな理不尽なことを野放しにしていて、いいわけがないのです」

「では、お主はどうすればいいというのだ」

「私は、グーとしてパーに勝ちたいのです。ですから、そのようにジャンケンのルールを変更していただけないでしょうか」

「それではグーがチョキにも、パーにも勝ってしまうではないか。ジャンケンの三竦みの関係が壊れてしまって、ジャンケンそのものが成立しなくなってしまうぞ」

「構いません」

迷い無く言い切ったグーのその言葉に、神は激高する。

「愚か者め。私利私欲の為に、ジャンケンのルールを破壊しても構わぬと申すか」

神の怒りの迫力に、グーが思わず怯む。

「そ、そういう訳では」

「お主が欲をかいた罰として、ジャンケンで勝ったものだけが、特定の文字数分の歩数を進めるという遊びを人類が開発した暁にはな」

神は玉座から立ち上がり、手にしていた王笏でグーを指す。

「パーやチョキの勝利の際には、文字数の多い食料の名前を当てがい、進める歩数を増やし、グーの勝利の際には、三文字くらいの短い企業名を当てがい、進める補数を少なくしやる」

「ひ、ひどい。そんな」

「うるさい。下がれ」

グーは控えていた天使たちに小指と親指を抱えられ、神の御前から引きずられていった。

神は再び玉座に腰掛け、深いため息を吐いてから傍らに控えていた天使に問いた。

「次の陳情はおるか」

不機嫌な神に、天使が言いづらそうに耳打ちする。

「パーがですね、自らの名前が知能が劣るものという言葉と同じで、気に入らないと申しているのですが」