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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「水切り」岡本武士

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第56回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「水切り」岡本武士

「『石』って漢字と『右』って漢字、それぞれの部首が違うってしってる?」

「習ったかも。でも忘れた」

「『石』が『石』で、『右』が『口』。ちょっと上が飛び出しているだけの違いなのにずいぶんと違うと思わない?」

石ころを右手で拾いながら、彼女は僕の返事を待つことなく大きく振りかぶってその石を目の前の川面に投げつける。三回ほど水面を跳ねて五、六メートル向こうに着水した。

「ねえ、水切りの勝負しない? あなたが勝ったら、さっきのお願い、オッケーよ」

「のった。もちろん跳ねた回数勝負だよね?」

彼女がにっこりとうなずいた。

僕もにっこりとうなずき返し、手頃な石を捜し求めて川べりを少し歩き回った。

練習の一投目にちょうどなのを発見。

「何回投げて勝負する?」

「三回投げて、そのうち一番多い数でどう?」

「了解」

早速、アンダースローで投げてみる。

「一回、二回、三回……。え?」

カツンと音を立てて、石が進行方向を変えていた。何かにぶつかって跳ね返されたかのように、明らかに右へと進路が変わっていた。

「見た? 何かにぶつかった? 岩かな?」

「みてなかった。ごめんね。水中の岩とかにぶつかったんじゃない?」

昨日の大雨で少し水量が増しているようだけれども、川幅が十メートルほど、深い場所でも股下までは無いと思う、そんな川面に石を大きく跳ね返す岩は見えなかった。

「何もなさそうね? 変化球でも偶然投げたんじゃない? 魔球?」

面白いけど、そんな技量はもちろんない。

「まあ、もう一回投げてみるよ。それが早い」

「二投目よ」

シビアだね。

少し不満そうな僕を見て、彼女が笑った。

二投目は勝負をあきらめて、さっき跳ね返った辺りまで勢いよく投げる。

カツン――。

「ほら!」

さっきと同じような場所で、あきらかに石は跳ね返っていた。

彼女が僕以上に、その場所を凝視していた。

「ねえ、もう一回投げてみて」

「分かった」

これは三投目になるのかなと思ったけど、おそらくそんな冗談を今は言わないほうがいいと思う。

カーンと、石がやっぱり跳ね返る。

彼女がふらっと川に近づいていく。

「ストップ。僕が行くよ」

そのまま彼女を引き止めて、ジャブジャブと靴のまま川に入っていく。

すぐに深さはひざ下くらいになったけれども、それ以上は深くならないようだった。

「気をつけてね」

そこに何かあるとしたら、得体の知れない何かであるに違いないから、彼女としても大いに不安なんだと思う。

石を跳ね返した何かの場所に近づき、ゆっくりと手を伸ばす。

「壁……?」

「どう!」

「壁がある! 透明の!」

僕はそのまま見えない壁伝いに歩いていく。

壁は川のほぼ中央にあり、川の形に添って、川上と川下に続いているようだった。

水中も靴先を先に伸ばすことができない。

この壁の向こうって、実は存在していないのかもしれない――僕はそんなことを考えてしまっていた。

「ねえ、どうなっているの?」

考え事をしていたので、彼女も同じように近づいてきていたことに気づかなかった。

「いや、ほら、壁……」

「壁って何よ?」

彼女もゆっくりと手を伸ばす――その手が、触れるか触れないか、そんなぎりぎりまで近づいた瞬間――と、不意に壁が無くなった。

ふっと消えた壁のせいで僕はバシャンと壁の向こう側の川に倒れこんでしまった。

「何にも、無いじゃない」

倒れこむ僕を起こしながら、彼女がそう言ってきた。呆れているようにも、安堵しているようにも見えていた。

「『右』の世界が出来たんだね、きっと」

壁があったかどうかなんて、もうどうでもいい。無くなった境界線を僕に見つけ出すことなんてできやしない。きっとこうやって僕らの世界は広がっていくのだろうから。

「勝負の続き、しない?」

彼女の無垢なる勝負魂が再燃した。

「君へのお願いは、もう叶ったようなものだけどね」

彼女が一投目を投じた。

二人の壁は、これでもう無くなっていると思うから。