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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「墓標」安藤一明

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第56回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「墓標」安藤一明

「ばあちゃん、いるー?」

コウキの朗らかな声が玄関から響いてきた。

私は最近すこし足が悪くなってきたのも忘れ、早足で寝室から声のするほうへと向かう。

コウキは私の孫である。七歳になったばかりの男の子だ。一人息子の子供で、とてもかわいらしい。

「あらあ、コウちゃん。一人できたの?」

「うん。今日は日曜で学校休みだから。ねえ、お庭にこれ埋めてもいい?」

コウキの手の中にあったのは、小さなスズメの死骸だった。

「どうしたの、それ?」

「道で死んでたんだよ。かわいそうだったから拾ったの。ばあちゃんちのお庭にお墓を作ってやりたいんだけどさ。いい?」

私は笑顔で大きくうなずく。

コウキはとにかく優しい子だ。

大人や普通の子供なら、気持ち悪がる道端のスズメの死骸でも、コウキにとっては慈愛さえ感じる対象なのだ。

息子夫婦は近所のマンションに住んでいる。

当然、自分の庭などないので、コウキは我が家に死骸を埋めにきたのだ。

コウキは庭に園芸用のシャベルで穴を掘り、死骸を埋めた。

その上に小さな石を置いている。墓標なのだ。

「コウちゃんはいい子だね。スズメさんも感謝してるよ。ジュース飲むかい?」

「うん」

居間のテーブルにオレンジジュースがたっぷり入ったコップを置いてやる。

コウキは石けんで手を洗って、一口飲むと私に訊いた。

「あれ、じいちゃんはいないの?」

「昼間からまたパチンコ行ったのよ。あきれちゃうでしょ」

「そっか。ばあちゃん、パチンコ大嫌いだもんね」

「そう。賭け事は昔から大嫌い。コウちゃんも手を出しちゃダメよ」

「約束するよ。ばあちゃんが嫌いなら僕も絶対やらない」

コウキのような素直で素晴らしい子供が他にいるだろうか。

「コウちゃん、お菓子は食べる? それとお漬物も持ってこようか? おばあちゃんが自分で漬けたのよ」

「お菓子はいいけど、お漬物は好きじゃないよ。変なにおいするし」

ちょっと残念。漬物の味には自信があったのだけど……。

お菓子を持ってきて、コウキの前に置く。

おいしそうにお菓子を頬張るコウキを見て私は泣きそうになる。

「ばあちゃん、なんでそんな悲しそうな顔してるの?」

「いつかは私もコウちゃんとお別れするときがくるでしょ。それを思うとね」

「僕、ばあちゃんとお別れなんてしないよ。神様に頼んで、ばあちゃんがずっと死なないようにしてもらうから」

思わず涙があふれる。

コウキの前で泣いてはいけない。私はコウキにさりげなく背を向けた。

「そろそろおうちに帰りなさい。パパとママが心配してるかも」

「うん。またくるよ」

コウキの足音が玄関に向かう。ドアが開き、ばたんと閉まる音が聞こえた。

辛い事実だが、もうすぐ私はコウキと当分別れることになるかもしれない。

涙が止まらなくなってきた。

この私が高い塀で囲まれた檻の中に閉じ込められたら、あの子は泣いてくれるだろうか。

いや、それだけは絶対に避けなければならない。

窓ガラスの向こうの庭に、コウキの優しさの証明でもある、スズメの墓標が見える。

コウキがしたように、私も庭に遺体を埋めて、その上に墓標として石でも置いてやろう。なるべく迅速に行動したほうがいい。

使う石は大きな石がいい。漬物石がベストだ。

勇気を振り絞って私は寝室のドアを開けた。

ベッドの上には、すでに冷たくなった夫が恐ろしい顔で倒れている。

「あなたが悪いのよ……」

小さくつぶやく。

まさか夫がパチンコで七百万円もの借金を作っているとは少しも気がつかなかった。

彼が、結婚後に賭け事にのめり込むような男性でなかったら、私だって、ぐっすり眠っている連れ合いの心臓に鋭いナイフを突き立てるような冷酷な行動は生涯しなかったはずだ。