阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「夢想」アサマコウ
会社からの帰り道。
実感はないが、政府の言うように景気は回復基調にあるのかもしれない。こんなつまらない末端の末端社員でさえ残業が増えてきたのだから。が、しかし、さして給料に跳ね返ってきやしない。ただ帰ってくる時間が遅くなっただけ。けれど、嫌なことばかりじゃない。良いことも無いこともないのである。
シャーー……
お隣さん。塀の向こうを見上げれば、浴室の窓に明かりが灯ってる。今日は一段と反響音がよく聞こえてくる。気温があがってきたから窓を開けて入っているのだ。
ここで、さあ俺も早く帰って汗を流そう。とはならない。
お隣さんの家族構成を頭に浮かべてみる。
まず自分と同世代の父親、そして、その奥さん。この奥さんがグラマラス。胸の大きさが服の上からもよく分かる。お尻も大きい。
隣人の奥さんに、よくもそんなイヤらしい目を向けられるものだと、世間に言わせれば、それはその通り。だけれど、大きな声で言うわけじゃない。ただチラリと見て想像してるだけ。これならば、ぎりぎりセーフだろう。
さて、お次は大学生の娘さん。母親譲りで、こちらも負けじと胸が大きい。さらに若い分ピチピチで、腰のくびれも魅力的。
奥さんの熟したのもおいしそうだが、それにも増して、とてもとてもおいしそう。
そして最後にもうひとり。高校に通ってるお嬢ちゃん。熟れる熟れないの前に、まだ実をつけたばかりといった具合。
四分の三。本命は真ん中のふたりだけど、下のお嬢ちゃんまで入れるとするならば、そういう確率論になりにけり。
さあ、誰の入浴中なのか。覗きなんて以ての外。でも、音だけならば……。いやいや、それとて良い趣味とは言えないだろう。が、しかし、ただ耳を澄ましているだけ。虫の声を聞いてるのと何が違うというのか。法律的には全然大丈夫、なはず。
まわりを見渡して、ひとがいないのを確認し、さりげなさを装い耳を傾ける。
今どこを洗ってるんだろう。髪?首すじ?
もしかして大事なとこかな?なんちゃって。
シュ、シュゥゥゥ……、チャポン。
シャワーが止まり、湯船に浸かったであろう音がした。
こうなると音が小さくなってしまって聞こえづらい。もう少し想像させてくれ。
壁の方に一歩近づいた。
そ、そう、そうだ。これは車の通行を邪魔しない為だ。
あくまでも、自分は悪いことはしていないとの言い訳。さっきから車一台、もっというと、犬の散歩ですらも通っていないのだから完全に自己弁護でしかない。
あまり近すぎても塀が音をさえぎる気がして、でも離れすぎでは聞こえない。もし通行人が来ても変に思われない距離を保った。
「んん、ふんふふ~~」
ドキンとした。軽やかな鼻歌は女の声。
心の中でガッツポーズ。さらに耳をそばだてた。
チャプン、チャプン……
鼻歌交じりに、マッサージでもしてるのか、そんな水音がする。
美容に関心が高そうなのは奥さんか、それとも大学生か?はたまたお嬢ちゃんか?最近の女の子は、皆、背伸びをしたがるしなぁ。
また、よくよく耳を傾けると、鼻歌に懐かしいフレーズが聞こえてくる。となると奥さんの可能性が高い。いや待てよ、もしかすると、上の娘さんがお母さんの影響を受けてる可能性も拭い切れない。だが下のお嬢ちゃんには、まだちと早すぎる内容。となれば本命のどちらかに絞られる。
鼻歌は高音部に差しかかった。明らかに、コーラスをするおばさんとは違う澄んだ若い声。これは決まりだ。大本命ど真ん中、女子大生。間違いない。
堪らず答え合わせをしたくなった。
チラっと目をやると、お誂え向きに門扉が少し開いてる。
塀のところに、ずっと立ってるのもおかしなひとだと思われかねない。これは塀の中にお邪魔するほうが、ひとの目につきにくいんじゃないか。決して覗きをするんじゃない。答え合わせだ。答え合わせ……。
「ん? だれだ!」
「あ、いや、その、これは……」
玄関から家人が飛び出てきた。
「こんなとこで何してる!」
すぐに警察が呼ばれ、連行されて行った。
「はい、私が入っていくのを見まして」
第一発見者として捜査に協力している。
もしあの犯人より、先に入ってれば自分が連れて行かれていた。
背筋に寒いものを覚えた。