阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「形の悪いデラウェア」ゆい子
一年前からつきあっている彼の上司がホームパーティーをするから、と彼に同行したが、非常に後悔している。早くこの場から立ち去りたい。
完全アウェー。
当然だが、みんな彼の会社の人達で、話は会社での楽しいことや、過去のトラブルや、私の知らない誰かの噂。
彼は私を気遣って、いちいち解説を挟んでくれるし、私が心細いだろうと思ってか、常に隣にいてくれる。その気遣いはありがたいけど、ちょっと違うんじゃない? と私は心の中で叫んでいる。
彼が私を連れてきたのは、会社の皆に私を自慢したかったからだ。彼は今、恋愛病に罹っているから、私をかわいいと思っている。だから自慢して歩きたいのだ。
でもこの場に招待されている彼の会社の女性達の眼は違う。クスクス笑っている。その笑いは「嘲笑」なのだ。
私は彼より一回り年上だ。いくらスキンケアをがんばっても、スタイルを良くしようと運動をしても、十二歳という年の差は埋まらない。下手に若作りしても「イタイ」と陰口を叩かれるだけだ。
彼は顔は整っているし、性格も優しくて、会話も楽しくできる、人気者の部類に入る人だ。既に四十四の私が隣にいるのは「絵にならない」ということなのだろう。彼女達の嘲笑も、その意味も、恋愛病の彼にはわからない。
「みんな、葡萄食べる? デラウェア。」
ホームパーティー主催の男性が声を張り上げた。
「僕の母の実家が葡萄園やってて。形が悪くて売り物にならない葡萄をくれたんだ。味はすごくいいんだよ。」
男性は葡萄を大皿に山盛りにして、テーブルの中央に、どん、と置いた。
「嬉しい。いただきまーす。」
若い女の子達数人が我先にと葡萄を手に取った。
「あー、この葡萄、変な形。」
ピンクのオフショルダーの服をかわいく着こなしている女の子が、ひと房の葡萄を皆に見せびらかした。
その葡萄は中央からぐにゃりと曲がっている。確かに売り物にはならないだろう。
「かわいそうですよねー。」
女の子の突拍子もない言葉に、全員が注目した。
「この葡萄だってがんばったと思うんですよ。でもこんな形になっちゃって。」
「何、優しいこと言ってるのー。」
同僚らしい女の子が隣で笑っている。この場にいる皆が笑い、場が楽しい雰囲気になっていく。
「この葡萄だって、ほかの葡萄みたいに大切に扱われて、スーパーでお高い値段で、きれいな箱に入れられて売られたかっただろうな、って。でももう形が悪くなっちゃった自分を受け入れて、相応の身分になるべきなんですよね。」
彼女は最後の「ね」を言うのと同時に、チラッと私に視線を向けた。いや、しっかり私の目を見た。
ああ、そうか。この子、彼のことが好きなんだ。きっと好きで好きでたまらなくて、胸を痛めて、何度も目が腫れ上がるほど泣いたんだ。そんなに好きな男性の恋人が、決して若いとは言えない、自分の母親に年が近い女だなんて。認めたくないに決まってる。攻撃したくなるに決まってる。
「何それー。葡萄の気持ち?」
皆が一層笑っている。実は彼女が私に、「身分をわきまえろ」と言っていることには気づかずに。
その時、私の隣に座っている彼が手を伸ばして、言った。
「ねえ、その葡萄、俺にくれよ。」
「え?」
女の子は明らかに動揺している。しかし彼は手を引っ込めない。周りの人達も、小さくざわつき始めた。女の子はおどおどしながら、彼の手に曲がった葡萄を載せた。
「サンキュー。」
彼は素早く、一粒口に入れた。
「うわ、すっげえ甘い。何これ、最高!」
主催の男性が
「そうだろ。味は保証するよ。」
と自慢げに言った。
「それにちょっと形が悪いくらい個性がないと、葡萄もつまらないよ。」
と彼が葡萄を目線の高さに持ち上げた。
「なんか今日は葡萄の気持ちを語る日?」
と誰かが言って、皆が笑った。
彼は私に顔を向けて、ニヤッといたずらっ子のような笑顔を見せた。