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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「ブドウ嫌いな男とブドウ好きな女」リュウキュウアサガオ

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第53回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「ブドウ嫌いな男とブドウ好きな女」リュウキュウアサガオ

「この金食い虫め!」

ブドウは性根が腐った人間の食べ物だ。男はそう信じてやまない。それなのに目の前の女ときたらブドウばっかり口にしている。思わず怒鳴りつけたとしても文句を言われる筋合いはない。

「ブドウは神様のくださった食べ物よ。だってこんなにも美味しいから」

普通に反論するのも飽きた女は回りくどい言い方をする。それが男の神経を逆なでする。

「ブドウは交換比率が高いんだ。一体家計にどれだけ響いていると思っている。いい加減にしろ!」

女は眉をしかめる。今日は一段と酷い。しばらくはこの調子が続きそうだ。それを思うとうんざりする。

「果物が高いのは当然よ。リンゴだってバナナだってイチジクだってそれなりに高くつくわ。でもあなたがこっそりしている趣味の数々に比べれば少ないけれどね。ブドウを大好きにしてくれたことを神様に感謝してほしいぐらいだわブドウ嫌いさん」

男は肩を震わせる。だが口では女にかなわないことは百も承知だ。それでもブドウを飽きもせずに食べている姿を見ると言葉を発さずにはいられない。

「ブドウ、ブドウ、ブドウ。それさえなければあまたの苦しみはなかった。ワインを飲んで失言したばっかりに地位を追われた連中を見ろ。愚行が繰り返されるのはいつもワインがらみだ。ブドウさえなければこんな問題は起こらなかっただろうに!」

「ワインはとっても美味しいものね。まあブドウがなくても別の酒はあったわよ。もっともあなたの失敗はブドウだけど」

男は思い返す度に悔いずにはいられない。あの時ブドウさえ食べていなければそしてアルコールさえ摂取していなければ今の苦労はなかったからだ。

「それが分かっているなら俺の目の前で食べるな。むしろこんな目に遭ってまでお前がブドウを好きなのが理解できん」

女はくすくすと笑う。男の言い分が子供っぽくなってきた。手間取らずに意外と早く終わるかもしれない。

「いいことだってたくさんあったじゃない。まず外に出られたでしょ。苦労したけど必死に働いて生活できるようになった。子供だってたくさんできた。この時だってワインの力を借りたでしょ。まあこっそりとだけど。そして孫もできた。それに快楽だって教えてくれた。あなたがひそかにしている趣味の数々とかね」

女の挑発に対し男は苦虫を噛み潰す。口では女に勝てないと決まっている。それでも悪あがきを試みずにはいられない。

「趣味に関してはとやかくは言わん。だがブドウだけは別だ。あれは悪魔が与えた果実だ。追放され苦労することになったこともそうだが長男の奴が罪を犯すことになった原因だ。犯行前にワインさえ飲んでいなければ恨みから弟を殺すなどさすがにできなかっただろうに」

それを思うと男はブドウを憎まずにはいられない。かつて二人がブドウを食べたことが悪魔の罠であり全ての悲劇の原因なのに女が今でもブドウを食べているのが信じられない。息子のことを出されて女は顔をしかめるも落ち着いた表情に戻る。

「ブドウを創ったのは神様よ。サタンが遣わした蛇はそれを利用しただけだわ。カインとアベルのことは悲しかったけどワインを飲まなくても事件は起こっていただろうし。新しい子供を授かることもなかったわ。まあ善悪の知識を得る禁断の果実だから悪いことにも知恵が働いちゃうのは難点だけど」

もっとも禁断の果実扱いされているのはワインが作れるからだろうと男も女も考えている。食べたブドウが自然発酵してワインに近くなっていたからこそアルコールを摂取して泥酔し神様が激怒する行為をしてしまったに違いない。そこまでがサタンの策略だったのだろう。あいにくとその時の記憶が二人にはないので真相はわからないが。

「まあエデンから追放されて苦労したり悲しいことがあったりしたけど今は幸せでしょアダム。だから私はブドウが好きなのよ」

「幸せではあるがな。だがそれとブドウを認められるかは別の話だイブ」

「苦労したことなんて私はもう気にしてないけどね。あのままエデンにいたらブドウや快楽なんて味わえなかっただろうし。何なら今日の夜はワインを飲んで激しくしてあげよっか。禁断の果実を食べたありがたみがたっぷりわかると思うけど」

男は仏頂面になるもかろうじて返す。

「ワイン以外の酒で頼む」