阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「身変」川畑嵐之
草の生えた地面が近かった。
芝生で横になって眠っていたらしい。
体を起こす。
どうやら公園みたいなところのようだ。
よく寝すぎたようで、どうしてここにいるのかわからない。
とりあえず立ち上がることにした。
よっこいしょと立ち上がると、おもいのほか高くてびっくりした。
それもすこし背が伸びたなんてものじゃない。
軽く二メートル以上ある。いやその倍はあるかもしれない。高いところ嫌いなのに、これはなんてことだ。脚が震える。
それにしても立ち上がっただけなのに。
岩陰から何か動いてくる。
キリンだ。
キリンが現れた。
するとここは動物園なのか? まさかサバンナじゃないだろうな。
しかも驚いたことに、そのキリンと視線が同じ高さなのだ。
もしや……。
おそるおそるこっそり下を見た。
天気が良かったので、はっきり影ができていた。
自分の足元からでている影を見て、天地がひっくりかえるほど驚愕した。
それはあきらかにキリンのそれだった。
私はキリンだったのか?
いつからキリン?
生まれつきキリン?
からまったケーブル類のように混乱した。
わけがわからない。
「わーっ」と声をあげた。つもりが「モーッ」と言っていた。牛じゃあるまいし。いやキリンは「モーッ」っと鳴くのか?
思考がからまったまま茫然としている私にキリンがとゆっくり近づいてくる。
仲間なのか。顔を近づけてきた。
けっこうかわいい。どうやらメスのようだ。
長い舌がベロンとでてきて驚いた。
それにしても……。
下のほうで「わーい!」と声がして、びっくりして視線を向けた。
はるか下のほうに親子三人連れらしき人たちがいた。
男の子か女の子かわからない子供が、
「あーっ、キリンさんだーっ」
と言って飛び跳ね、はしゃいでいる。
やっぱりキリンなんだ。
まいった。自分がキリンとは……。
それにしても腹がへった。草を食いたい。
よく見ると芝生の周りは高い柵で囲まれている。
背の高い木を遠くのほうにしか見えない。
地面の草を食うしかないのか。
それと端に鉄塔のようなものがあって、その先に籠のようなものがぶらさがっていた。
あれが草ならちょうどいいんだけど……。
しょうがないから脚をひろげて地面の草を食うしかないかと考えていたときだった。
作業服を着た太ったおじさんがやってきた。それはアベさんとわかった。その籠をおろしているようだった。
そしてその籠に草をいれて、またそのかごをあげだした。
やった! 食事だ! ごはんだ!
まえにいたキリンもそれに気づいて、籠に進んでいく。
まさか食いっぱぐれはないとはおもうけど。
ほぼ同時にその籠まで到着し、お互い反対側から長い舌を伸ばして、草をからめとって食べた。やはり草の味がした。でも、おいしく感じるのが不思議だった……。
「という夢を見たんですけどね、アベさん」
目の前には太った身体を作業服に包んでいる、同じキリンの飼育員のアベさんがいた。
「夢にわしもでてきたか。よっぽどわしのこと││」
「違いますよ! あまりにも毎日キリンのことを考えて、ついにはキリンになってしまったんですよ。大丈夫ですかね」
「大丈夫も何も飼育員として本物になったというこっちゃ。わしなんかシマウマの世話していたときなんかシマウマになった夢見て、ライオンに追いまくられ、よう食われたもんやでぇ」
そう考えるとキリンさんで良かったかもしれない。