阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「首の短いキリン」遠瀬夏
中瀬がクリスマスに届いた封筒の裏を見ると、差出人は久乃だった。
弁護士を介さずに直接やり取りするのは、何か月ぶりだろう。仲直りの手紙でも入っているのか。いや、それならメールかラインでいいはずだ。
離婚届?
急いで封筒を開けると、中には一枚の絵だけが入っていた。クレヨンで描かれている。博人のお絵描きに違いない。
動物だ。
博人の絵にしてはかなり丁寧だが、それでも四本足でブチ模様の生き物としか分からない。
トラ?
いや、ネコ?
ふと思う。どうしてこれを、久乃は送ってきたのか。一人だと家も広くて寂しいでしょうから、壁にでも貼ってくださいということか。いや、そんな心配をするなら、博人を連れて実家に帰るわけがない。博人は、あなたがいなくてもしっかりやってます、といいたいのかもしれない。
教育方針の違いと久乃は言ったが、何てことはない。男がいたのだ。
博人にはどう説明したのだろう。説明などできたのか。クリスマスにパパとディズニーランドに行くんだ、と待ち焦がれていた博人は、今日もおれがひょっこり現れるのを待っているのではないか。
ネコにしては目が小さい。トラにしては牙がない。子どもというのは、特徴を大きく描くものだ。この生物は耳が長いな。ウサギ? ブチのウサギなんているのだろうか。
酒を持ってくる。じっくり見なければ。
さっきは気づかなかった小さなものが上の方に描いてある。コッペパンのようだが、横に羽根が飛び出ている。飛行機のつもりか。
中瀬はピンときた。数か月前、博人と行った動物園。上空の飛行機を見て、博人は言ったのだ「キリンさんのあたまがとどいちゃう」。
この絵はキリンだ。間違いない。ならば、ブチ模様もうなずける。
けど・・・酒をちびりと含みながら思う。キリンにしては首が短すぎる。あの時、博人は、キリンの頭が本当に飛行機に届くと心配していた。優しいと感じるのは親バカだろうか。それに、中瀬は運動部出身で体格がいい。胸板が厚いが首も太く、よく「パパは首がない」と笑ったものだ。おれに似せて描いたのかな。
中瀬は唇に笑みを浮かべ、絵を自分から離して持つ。それを壁の方に近づけてみる。これは博人からのクリスマスプレゼントかもしれない。セロハンテープはどこだっけ。セロハンテープ、セロハンテープ・・・
待て。
この絵は、博人がパパに送ってほしいといったのだろうか。だとしたら、これには何かのメッセージが込められているのではないか。封筒に入れて送った久乃は気づかない、おれだけに当てたメッセージが。
キリンの絵、首がないにも程があるキリンの絵。首、クビ、首・・・
『パパ。クリスマスって、首を長~くして待っていればいいんでしょ?』
そう言って首を伸ばし、目を細めて笑っていたのを思い出した。どうして、何かを待つのに首を長くしなければならないの? 中瀬はいい答えが見つからず、他に長くするところがないからだ、と言ったら、どうして長くするのかと、やはり笑っていた。
中瀬は、酔いがみるみる醒めていくのを感じた。
キリンの首がないということは・・・もうおれを待っていないのだ。首を長くする必要はないということだ。
涙がにじむ。博人は、おれを傷つけまいと、あえてこんな婉曲なメッセージを描いて寄こしたのだ。やはり、優しい息子なのだ。
・・・いや。
これはあまりにも婉曲すぎる。いくら優しいとはいえ、子どもの考えることじゃない。
久乃が描かせたとしたら?
おれが深読みすることを見越して、博人のメッセージだと思わせようとしているとしたら?
中瀬はスマホを手に取った。久乃は博人を電話に出さないかもしれないが、直接話したい。
・・・ふと、手が止まる。
今、博人は楽しくクリスマスを過ごしているかもしれない。父親と離れていることの意味など、理解していないのではないか。
明日まで待とう。
中瀬は、自分の首を手で摩ってみた。長い夜になりそうだ。