阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作 「NAK」林一
「ピンポーン」
私はチャイムの音で目を覚ました。眠たい目をこすりながら、ドアを開ける。
「どちら様ですか?」
「おはようございます。私、NAKの者です。受給料の契約に参りました」
「あのー、NAKって何ですか?」
「ご存じないんですか?」
「初めて聞きましたよ」
「NAKとは、日本朝ごはん協会の略称でしてね」
「日本朝ごはん協会?」
「はい。朝食を食べない国民が増加していることを重くみた政府が最近設立した、朝食の配給事業をしている協会です」
「朝食の配給事業?」
「はい。毎日国民のみなさまの家に、朝食を配給しております」
「それは知らなかったな。それで、受給料はいくらなんですか?」
「一ヶ月でこのお値段です」
「結構高いな。それに私、朝食は食べない主義でしてね。だから、NAKの受給料は払いません」
「朝食を食べようが食べなかろうが関係ありません。受給料を払うのは、国民の義務なのです」
「何ですか国民の義務って。そんなの知りませんよ」
「たった今知ったでしょ。早く受給料を払いなさい」
「事前にアレルギーの食品を登録していただければ、その食品を除いた朝食を提供致します」
「しつこいなあ。いらないって言ってるじゃないですか」
「そうですか。そちらがそのような態度でこられるなら、法的な手段を取るしかありませんね」
「法的な手段って、払わないと犯罪になるんですか?」
「ええ。実際に逮捕者だって何人か出ていますよ」
「逮捕だけは勘弁してください。受給料はちゃんと支払いますから」
「最初から素直にそうすればいいんですよ。それでは支払いをお願いします」
訳のわからないまま、私はNAKの受給料を支払う契約書にサインをしてしまった。くそっ、いつの間にこんなふざけた決まりができていたんだ。頼んでもないのに勝手に朝食を配給して金を巻き上げるなんて、こんなの詐欺みたいなもんじゃないか。何だか無性に腹が立ってきたぞ。
「ピンポーン」
私はチャイムの音で目を覚ました。どうやらさっきのは夢だったらしい。変な夢を見てしまったな。それにしても、こんな時間に一体誰だろう?
「どちら様ですか?」
「おはようございます。私、NBKの者です。受給料の契約に参りました」
この展開、さっきの夢と似ているな。
「あのー、NBKって何ですか?」
「ご存じないんですか?」
「初めて聞きましたよ」
「NBKとは、日本盆栽協会の略称でしてね」
「日本盆栽協会?」
「はい。日本が世界に誇る伝統文化である盆栽を持っていない国民が増加していることを重くみた政府が最近設立した、盆栽の配給事業をしている協会です」
「盆栽の配給事業?」
「はい。毎月国民のみなさまの家に、盆栽を配給しております」
さっきの夢では朝食だったが、今度は盆栽ときたか。きっとこれも夢だな。めんどくさいし、さっさと契約して帰ってもらうか。私は大人しくNBKの受信料の契約書にサインをした。
「ピンポーン」
私はチャイムの音で目を覚ました。案の定、さっきのも夢だったようだ。しかしこの起こされ方、また嫌な予感がする。
「どちら様ですか?」
「おはようございます。私、NCKの者です。受給料の契約に……」
「ピンポーン」
チャイムの音で起こされるのも、これで八回目になる。一体私はいつになったら、この無限ループから抜け出せるのだろうか。
「どちら様ですか?」
「おはようございます。私、NHKの者です。受信料の契約に参りました」
どうやらやっと、私は夢から覚めたらしい。