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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作 「南の島のペタ」大川将平

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作文・エッセイ
結果発表
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第34回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作 「南の島のペタ」大川将平

ぺタは父親を知らない。母親は、彼にペタという名前をつけ亡くなった。ペタの育て親である祖父も、ペタが10の時にオイル切れのライターを託してこの世を去った。

 

朝、海鳥の声に起こされペタの1日は始まる。蔓が伸びきった戦闘戦の中でペタは目を覚ます。飼っている雌鶏二匹の卵を確認する。釣竿、トタンで出来たバケツ、小さなナイフを持ってペタは海を目指す。途中、一昨日焼いたパンを海鳥に分けてやる。浜辺を通り、小高い崖からペタは釣竿を垂らす。パンと雌鶏が産んだ卵でペタは朝食をとる。魚がかかるまで、ペタは地平線の彼方のことを考える。産んでくれた両親、育ててくれた祖父のことを考えるのはもう飽きたので、祖父が話してくれた「街」のことを思い出す。こうしていると魚がかかるまで退屈しなくて済む。漁を終えると山に入り、きのみや果物を集めて回る。大抵果物を集めきった頃には、空がうっすら茜色づき、太陽の光が地平線の輪郭を照らし始める。夜は朽ちた戦闘機の近くで火を焚いて、焼き魚と山菜のスープを頬張る。食事を済ませると寝床の窓から、星空を眺め、祖父がしてくれた星と神様の話を思い出す。ペタは寂しくなかった。

 

ある嵐の夜、鉄骨が軋む寝床でペタは何かに怯えながら、祖父のライターと一緒に眠った。こうしていると、たまに、祖父が夢に出てくることがある。嵐の夜、雷の夜、森が騒がしい夜、ペタは祖父と一緒に耐え凌ぐのだ。

 

翌朝、ペタが釣りをするために海沿いを歩いていると、浜辺にキラリと光る何かが落ちていた。近づいて拾い上げて見ると、どうやら金属でできた首飾りらしい。首飾りの中央にはペタの親指程度の金属が付いていて、指で触っていると貝みたいに口が開いた。肩までかかった金色の髪、ガラスのビー玉の様な緑色の目、遥か彼方を見つめながら微笑む女の子の写真が埋め込まれていた。ペタは女の子よりも銀色の首飾りが気に入り、首にかけて釣りに向かった。その日の夜、ペタは首飾りをつけたまま寝ていると、不思議な夢を見た。あの首飾りの女の子がペタの前に現れ、優しくこちらを見ながら笑っている。ペタは、彼女に名前を聞いてみたが、彼女は優しい笑顔をペタに向けるだけだった。

 

ペタは次の日、浜辺を歩いていると今度は刺繍のついた手袋と透明な厚いガラスの小瓶を見つけた。ペタはバケツにそれらを丁寧に入れ、寝床に持ち帰った。枕元にガラスの小瓶、手袋、そして首元には首飾りをつけて眠ると、ペタはまた夢を見た。夢の中では彼女が微笑んでいる。ペタは彼女に名前を聞いてみた。彼女は微笑むだけだったが、ペタの手を取り、ゆっくりとその手を、ペタと彼女の顔の間に持ってきた。つかの間、彼女から匂いを感じた。森の奥に咲く、春を告げる花の匂いをペタは感じ取った。ペタはこの夢がずっと続くように願った。

 

翌朝、海鳥が泣くのと同時に目を覚まし、また浜辺へ向かった。ペタはいつもよりもゆっくり浜辺を歩いた。しかし釣り場に向かうまで、ペタは何も見つけられなかった。

 

その帰り道、夕日に照らされて赤みがかった浜辺を歩いていると、砂浜にその太陽を反射する小さな光を見つけた。バケツから魚が逃げ出しそうになるのもおかまいなく駆け寄って拾い上げると、小さな光の正体は手のひら程度の金属の筒だった。金属の筒は二つに割れ、中には真っ赤な果実のような棒が入っていた。ペタには、それが何かわからなかったが、彼は夢中で家に持ち帰り、夜が来るのを待った。その日もペタは彼女に会った。彼女は微笑み、ペタの手を取り、そしてペタの頬に軽く口付けをした。彼女の温度、彼女の香り、彼女の気配を、ペタは夢の中で確かに感じ取ったのだ。

 

ペタはその日、海鳥よりも早く起きた。雌鶏に朝食をあげるのも忘れ、釣竿も持たずに浜辺へ向かった。ペタは彼女の名前が知りたかった。彼女に祖父のこと、星の物語を聞かせたかった、彼女と街の話がしたかった、ペタは何かを見つけなければならなかった。

 

浜辺に光るものはなかった。代わりに全身傷だらけの、祖父よりも大きな男が横たわっていた。ペタが慌てて駆け寄り声をかけると、男重く瞼を開けた。男はペタの首飾りを見るなり、何かに駆られたようにペタの首飾りを掴み、中身を確認した。

 

「あぁ愛しの君よ、本当にすまない。もうすぐ僕も、君のところに行くからね。」

 

男はそう言い残すと、ペタの膝の上で光を失った。ペタは怖くなって、何もかもを海に残し古びた戦闘機に逃げ帰った。

 

ペタは父親を知らない。母親は、彼にペタという名前をつけ亡くなった。ペタの1日は、浜辺の散歩から始まる。