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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「可能性を捨てに」福賀光

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第34回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「可能性を捨てに」福賀光

私は今、かつて毎日のように通っていた通学路を、サンタクロースが持っていそうな白い袋を引きずりながら歩いていた。ここが夢の中であると知っていたので、真っ赤な車が沢山空を飛んでいても何とも思わなかった。

あたりを見回すと、私と同じ制服を着ていて、人間にとてもよく似ているが、目や鼻の数からして明らかにそれではないということがわかる生き物たちが、談笑しながら歩いていた。この生き物たちに付いていけば、かつての学び舎にたどり着くのだろうが、せっかく夢の中であると気付くことが出来たので、あえて彼らとは逆方向に歩いてみることにした。確か、近くに海があったはずだ。何となく、そこに行かなければならない気がしていた。

金木犀がまばらに落ちている道路を味わうように踏みしめながら、もう一度空を見上げる。今度は車ではなく、沢山の魚が、緑色の羽を一生懸命羽ばたかせながら飛び回っていたので、とても愉快な気持ちになった。きっとここが現実ならば、興奮して叫び声をあげるなり、写真を撮ってSNSに投稿するなりしていたのだろうが、ここは夢の中であるという意識が私を冷静にさせていた。

「久しぶり」

突然、懐かしい声がした。

「ひとりぼっちで、これから何処に行くんだい?」

振り向くと、頭がカラスである以外は至って普通の、スーツを着た男が立っていた。カラス頭に見覚えは無いが、何故か、私はこの男を昔から知っているような気がした。

「海に行くのよ。ゴミを捨てに」

不思議な事に、頭で考えるよりも先に、勝手に口が動いた。まるで誰かに操られているみたいだと、他人事のように思った。

「海にゴミを捨てちゃ駄目だよ」

「ちょっと位いいじゃない。誰も見てないわ」

「何を捨てるの?」

「この袋」

持っている袋を男に見せると、彼は一瞬耳に突然水を掛けられたかのような顔をした後、細長い嘴を震わせた。

「それ、捨てちゃ駄目だよ。君の大切なものだろう」

「いらないよ。もう捨てなさいって、周りから言われたし」

「持っているだけならいいんじゃない? 君のためにも」

妙にしつこく引き留めようとする男に、徐々に苛立ってくる。きっと心の底から心配して言ってくれているのだろうが、余計なお世話だった。

「今なら間に合う、考え直し……」

ぎゃあぎゃあとうるさいので、少しでも黙らせようと、彼の顔を叩いてみた。私の掌が頬に触れた途端、パアンという破裂音がして、彼の身体は爆発した。はじけ飛んだ瞬間、彼の身体は花びらになった。宙に舞う花びらは、空に上がる花火のようで、とても美しかった。夢の中とはいえ、初めて人を殺したのに、不思議と心は凪いでいた。そういえば、外見こそ似ても似つかないが、声は死んだ兄にそっくりだったなあと、地面に散らばる桃色を見ながら思った。

目的地は思ったよりも近くにあった。海崖から下を覗き込む。風も無く、波も穏やかだったが、海鳥や魚の気配も無く、また、墨のようにどす黒い海は、底の無い落とし穴のような不気味さがあった。

どうして白い袋を捨てなければならないか、私には分からなかった。正直、捨てたくなかったような気さえする。しかし捨てなければならなかった。そうしなければ、一生未練を引きずって生きていかなければならなくなるからだ。

最後に思い切り袋を抱きしめると、かすかな絵の具の匂いが鼻腔をくすぐった。

「ここでお別れだね。楽しかったよ。今までありがとう」

何も答えない袋に少し寂しい気持ちになったが、もしも袋が話せたら、名残惜しくて捨てることが出来なくなっていただろうと思うと、少しホッとした。

それから間もなく、私は袋を海に投げ捨てた。想像していたものよりずっと、別れはあっさりとしたものだった。袋の中身はわからない。しかし、この袋を捨てた途端、きっとこの世界は崩壊してしまうのだろうという事は、予想出来ていた。