文章表現トレーニングジム 佳作「もう届かない年賀状」 としみつやすこ
文章表現トレーニングジム 佳作「もう届かない年賀状」 としみつやすこ
父方の祖母(故人)、トシコおばあちゃんは、孫の私たちに手紙を送ることが大好きでした。おばあちゃんは尋常小学校しか行けなくて、戦争を体験していました。さらには聴覚に障がいがありました。
その祖母が六十歳ごろから文字の勉強を始めました。文字を読むことができるけれど、書けないことが悔しかったのでしょう。よく、週刊誌をお土産にして、祖母宅へ遊びに行ったものです。私たちが行くと照れながら、嬉しそうに話してくれました。
「六十歳からの手習いじゃ」
「ばあちゃんからのお手紙、楽しみに待っとるけん」
私の部屋には、トシコおばあちゃんからの年賀状が大切に保管されてあります。祖母が元気だったころに一通一通、手書きで送ってくれた手紙です。平仮名しか書けなかった祖母が、初めて書いた漢字は私たちの名前でした。自分の名前よりも真っ先に書いたのが、孫の私と弟の名前だったと後で知り、とても感激したことを覚えています。その文字は力強くて、祖母からの愛情が伝わってくる文字でした。住所も平仮名だらけでしたが、名前は他の字よりも少し大きめに書いてありました。
「やっちゃんへ」と書きたかったのでしょうか、そこには「やつちやんへ」とありました。トシコおばあちゃんの懸命さが伝わってきます。毎年、楽しみにしていた祖母からの手紙は、もう届かないけれど、保管している年賀状や手紙は、私の宝物の一つです。今でも新年を迎えるたびに思い出す。