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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「ワームバスター研究所」鶴田千草

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第33回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「ワームバスター研究所」鶴田千草

「では、こちらでお待ち下さい」

見るからにやる気なさげな受付嬢に侑子が案内されたのは、殺風景な小部屋だった。座ってしばらく待っていると、ドアが開き、白衣を着た初老の男が入ってきた。男は眠そうな声でボソボソッと「所長の浅田です」と名乗ると、侑子の向かいの椅子に腰掛けた。

「虫退治をお望みとか」

「そ、そうです。でも、あの」

侑子は口ごもった。

「あの、虫といっても、浮気の虫なんですが」

浅田はショボショボした目を見開いた。

*

侑子は香に火をつけて白い煙があがるのを確かめてから、小さな皿に載せてぐっすり眠っている敬也の枕元に置いた。

「これでいいはずだけど」

もし、敬也が目を覚ましたら何と説明しようか。浅田は、虫追香の煙には軽い導眠効果もあるので、普通は虫追い中に目が覚めることはないと言っていたが。

*

「……つまり、ご主人の浮気封じをしたいと」

「あ、はい」

浅田は目を閉じて腕を組んだ。侑子は、今にも「バカにするな」とか「冗談でしょ」とか言われるのではないかとビクビクしていた。

『ワームバスター研究所

よろず虫退治承ります』

看板に引かれてダメ元でやってはきたものの、今、こうして口に出して言ってみるとやはりひどくバカげた話に思える。

「あの、やっぱり」

いいです、と侑子が言おうとしたとき、浅田は目を開けた。

「一つ確認したいのですが、いいですか」

「あ、はい、どうぞ」

「ご夫婦仲はごく良好なんですね。ご主人の浮気はあくまで虫のせいで」

侑子は頷いた。敬也は浮気のことを除けば、まったく申し分のない夫だった。

「つまり奥様のことは大切だけど、虫が動き出すと他の魅力的な女性に気を取られてしまうと。うんうん。なるほど」

浅田はがぜん、やる気が出たようだった。

見せられたのは小さな蚊取線香のような香だった。

「ご主人が眠られたら、枕元でこれを焚いて下さい。それから」

浅田は小さなガラス瓶を侑子に渡した。浮気の虫が燻し出されたら捕まえて瓶に入れて持ってくるようにと、こともなげに言う。研究材料にするらしい。

「虫って、ホントに虫が出てくるんですか」

*

「もしかして、虫ってこれ?」

あともう少しで、虫追香が燃え尽きるというとき、敬也の頭の横に何か小さなものが動いているのが見えた。恐る恐る目を近づけて見ると、一センチくらいの茶色い尺取り虫のようなものが枕の上を這っている。モタモタとした動きがユーモラスで愛嬌があると言えば言えなくもない。

侑子は用意していた割りばしで虫を捕まえて瓶に入れ、コルク栓を締めた。瓶を目の高さに上げて中を確かめる。そのとき、敬也が寝返りをうったので侑子はあわてて香の燃え殻の載った皿を片付けた。

*

「このたびはお世話になりました」

侑子は深々と頭を下げた。

「やあ、うまくいってよかったですね」

言いながら、浅田は侑子の渡した瓶を覗き込んでいる。何だかとても嬉しそうだ。

「では、失礼致します」

「あ、どうもご苦労様です」

研究所を後にした侑子は、自分が妙に浮き浮きしているのを感じた。これで敬也の浮気の心配はなくなったのだ。いい気分だし、喫茶店でコーヒーでも飲もうか。道の向こうに喫茶店を見つけ、そちらに足を踏み出したとたんに、誰かとぶつかった。

「あ、すみません」「ごめんなさい」

侑子が落としたバッグを拾ってくれた青年と目が合ったとき、侑子は心がときめくのを感じた。こんなことは初めてだ。

「ありがとう」

侑子は青年にニッコリと笑いかける。青年がドギマギしているのがわかった。

「よかったら、コーヒー一緒にいかが?」

*

そのころ、研究所では浅田が部屋の床に膝をついてあちこち覗き込んでいた。

「所長、何してるんですか」

「うん、さっきの奥さんが持ってきた瓶、どうも栓がゆるんでいたみたいでね……」

「えー、虫、逃げたんですか・いやだ、ちゃんと探して下さいよ」

受付嬢は眉をひそめ、足元を見回した。