阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「セミ爆弾」藤原智樹
ヘビーだ、この状況は。
私は今、玄関の外、徒歩一歩の場所にいる。
目の前にあるのは私を進ませまいと、お腹を出してひっくり返っているセミ……つまり「セミ爆弾」という地球が生んだ壮大なトラップだ。
突然動き出すあの恐怖、私の脳内でばっちりくっきりイメージ出来てしまっている。
無理だぞ、怖すぎるぞ、進めないぞ。
ママを呼ぶか……いや、私はこれでも九歳になる大人の女子。この程度の事件でママを呼べば「杏はまだまだ子供だから」などと、お決まりの台詞を言われる。
だが、遅刻はまずいのだよ、遅刻は。
今日はそう、プール開きなのだ。クリスマスよりも楽しみにしていた超ビックイベント。
なのに、だな……まさか家から徒歩一歩の所で立ち往生とは、全力でやばい。
「杏ちゃん」
大きな声を出すなバカ者!と、家の前にいるショータに私はキレ気味に言い放った。というか、いつからそこにいたのだショータ。
「何をしているの?」ショータが気を使って小声で話しかける。
「見ればわかるでしょ?セミ爆弾」と、私も小声で応える。死んでるセミの事?と、不思議そうにショータは聞く。
「死んでるようにみせかけて、実は死んでなくて、近づいたら突然暴れるかもしれない、そのトラップがセミ爆弾でしょ」ググれバカ者、と、私は思わず脳内で叫んでしまった。
「大丈夫だよ、きっと死んでるよ」と、笑って応えるショータ。
「ショータはセミが生きているのか死んでいるのかを判断できる能力をお持ちですかぁ?エスパーか何かですかぁ?」と、私は嫌味っぽく、プラス、アホっぽく言ってやった。
「確認しようか?」と、ショータがセミに近づこうとする。
待て待て待てバカ者と、私は身構えた。
その勇気は認めよう。だが下手に近づき刺激を与えるのは危険すぎる。何故それがわからない、このアマチュアめ!と、小声でキレながら私はショータを睨みつける。
「出かけようとしてたんじゃないの?」と、ショータの鋭い質問が返ってきた。ごもっともだよバカ者。わかっているが今はまだ動く時ではないのだ。
「なら……このままでいいから話を聞いてほしいんだ」と、真面目な表情でショータは言った。私は適当に、何?と応える。正直、今ショータの相手などしている暇などない。
「僕、引っ越すんだ。今日」淡々とショータは言った。私はまた適当に、そう。と応える。
応えてから、少しして気付く。ん? 今、ショータは、物凄い事を言ったのではないか?
「え?何て?」と、慌てて私は聞き返す。
「だから引っ越すんだ、今日」と、また淡々と応えるショータ。
笑えないぞ。そんな大事な事なんで今まで話してくれなかったんだと、私はショータを責める。そして何より、人生最大のピンチの時に何故そんな大事な話をするかな、もう。
「ずっと言いたかったけど、言えなかったんだ」と、少し俯くショータ。
「何で?幼馴染じゃん、まず私に言うべきでしょ?」と、私はまたショータを責める。
「言えなかった……だって僕、杏ちゃんの事が……」と、次の瞬間。
「ビー! ビー!」
セミ爆弾、発動。
セミが地面でお腹を出しながらグルグルと回り、奇怪に暴れまくる。
「ギャー!」私は最も出る高音で絶叫して、家の中に逃げ帰った。
ほら見た事か、やっぱり生きてやがった!心臓が止まるかと思ったぞ……ショータめ、死んでるかもなんて適当な事を言いやがって。
と、怒りと恐怖で震えているとセミの鳴き声が聞こえなくなる。
私は不思議に思い玄関を開け外を見た。
そこにはショータがセミを指で掴んで立っているではないか。こいつイケメンではないが、勇者だったのか。
「今なら通れるよ」と、笑顔のショータ。
「ありがとう!」私も最高の笑顔で応え、走って家を飛び出した。
が、大事な事を忘れてたと、私は立ち止まる。
「引越し先教えてよ!絶対、何があっても連絡するから」
「うん、杏ちゃんのお母さんに伝えておく」嬉しそうに応えるショータ。
「さっき、何か言いかけなかった?」私は思し出し聞いてみた。が、遅れちゃうよ。というショータの言葉で、慌てて私はプールに向かい全力で走り出した。
笑顔で見送るショータ、そしてセミを空へ優しく放り上げた。セミは羽を広げ大空へ飛び立っていった。