文章表現トレーニングジム 佳作「私の苦手なあの人」 晴レ
第8回 文章表現トレーニングジム 佳作「私の苦手なあの人」 晴レ
「ちょっと、アンタ!」 出、出た! 私の苦手なあの人。入って間もないホテルのコーヒーラウンジ、優しく爽やかなスタッフばかりかと思いきや、一人だけ年長のウェイトレスのあの人は、同じホール担当というだけで執拗につきまとってくる。私だけに……。
「ねぇ、ちゃんとやってよ」にちゃんとやってる。「しっかりやんなきゃ」にしっかりやってる。心の中では抵抗できても、「ハ、ハイ……」と言うしかない私。何故だろう。何故、私だけにと不満が募る日々。私以外の人たちは、その光景に愁眉してもノータッチ。半ば、ふくれっ面の私に、「ほら、ふくれない」。わっ、出たと慌てる私。マークが必要以上に強すぎて心身は蝕まれていった。
そして、半年たったある日、叔父の紹介で入った職場でありながら、他にやりたいことを見つけた私は、思い切ってその職場をやめることにした。
最後の出勤の日、戦場のような慌しさの職場で、すれ違い様に「お疲れ!」「頑張れ!」「また連絡するね!」の声。優しいスタッフに見送られて、最後の花道? の通用口を進むと、背後からドタドタと轟音が……。も、もしかして……。予想は的中。そして「おい!」うわっ、出た! 恐る恐る振り向く私の胸に突然、大きな花束が飛び込んできた。呆然とする私に、「頑張れ!」と最後まで体育会系。そして、白い歯を見せて笑ったあの人、私の苦手なあの人、今は、忘れえぬ大切な人。