阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「借金地獄へようこそ」見坂卓郎
ここはどこだ? ズキズキ痛む頭をおさえながら周囲を見回す。アーケードに掲げられた看板を見て、近所の商店街だと気がついた。
ふと足元を見ると、銀色のアタッシェケースが転がっていた。……何だこれは。
私は今までの出来事を思い出そうとした。
木造の古ぼけた建物が頭に浮かんだ。丸眼鏡の老人が貸す、借りる、といったフレーズを繰り返した。そうだ、質屋だ。どこかの質屋を訪ねてお金を借りたんだった。
しかしその前後がはっきりしない。何のために、何を質に入れて、いくら借りたのか。
突然、薄暗い部屋がフラッシュバックのように思い出された。白い装置、黒いイス。頭にその装置をつけられた私が何かを叫んでいる――。そこで記憶がぷつりと途切れていた。
足元のアタッシェケースを持ち上げてみる。妙に軽い。いやな予感がして、建物の陰で中身を確かめてみた。
「おい、嘘だろ……」
中は空っぽだった。代わりに借用書が一枚入っていた。そこには目が飛び出るような金額が書かれていた。
借りたお金はどこに消えた?
わからないことだらけだった。気持ちを落ち着かせるため、自宅のアパートに戻った。何か手がかりがないかと部屋中をひっくり返す。しかし、結局何も見つからなかった。
次の日、私は質屋を訪ねることにした。何を質に入れたか教えてもらうためだ。幸いなことに、借用書に住所が書かれていた。
見覚えのある丸眼鏡の老人が顔を出した。
「先日ここでお金を借りた者ですが」
「おや、もう返済かね?」
「いえ。何を質に入れたか忘れてしまって」
老人はニヤリと笑った。
「あなたの『大切なもの』だよ。期限まであと五日だ。それまでに思い出せるといいがね」
結局教えてくれなかった。しかし、その言葉には不気味な響きがあった。このお金を返さないと大変なことになる――。そう感じた。
さっそく消費者金融を数店当たってみた。が、どこもまったく相手にしてくれなかった。
藁にもすがる思いで、十年来の友達を近くの喫茶店に呼び出した。
「金かぁ。残念ながらお前に貸せるような手持ちはないぜ」
「どこか金を借りられるところを知らないか。普通の消費者金融じゃないところで」
友人は腕組みをして考え込んだ。
「本当にヤバイとこなら心当たりがあるけどな。俺が知ってるのは青鬼と赤鬼」
「何だそりゃ?」
「青鬼はトイチの高利貸しだよ。十日で一割の利子がつく」
「おいおい」
「青鬼はまだマシだ。赤鬼は十日で三割。しかも、返せないと腎臓や角膜を取られるとか」
絶対いやだ。そう思いつつも念のために青鬼の連絡先だけ聞いておいた。
家に帰るとまた不安に押しつぶされそうになった。私の大切な何かが危険にさらされている。心当たりがないことも不気味だった。
その夜、私はとうとう青鬼に電話を掛けた。
翌日、青鬼から借りたお金をアタッシェケースに詰めて質屋に向かった。
「いらっしゃい。返済かね」
「そうです。お金を用意してきました。質に入れたものを返してください」
丸眼鏡の老人は中身を確認して、「確かに」といい奥の部屋へと促した。そこには見覚えのある白い装置が置かれていた。それをぽんぽんと叩きながら老人が言った。
「あなたの記憶があいまいなのは、これが原因だよ。副作用で、前後の記憶が一時的に失われた状態になる」
老人がリモコンを操作すると、壁の大型ディスプレイに私の姿が映った。どうやら私が最初にここを訪れたときに撮られたようだ。
映像の中の私は、ギャンブルの借金で首が回らなくなり青鬼からお金を借りたこと、その返済のためにここを訪れたことを語った。
アタッシェケースが空だったのは、青鬼に返済したからか――。いや、納得している場合じゃない。つい先程、その青鬼からまた多額の借金をしてしまったのだから。
「困っているようなら力になるよ。あなたは期限内に完済した優良客だからね」
老人はそう言うと私の顔をじっと見つめた。
「あなたのその質草を私に譲ってくれないか。借金なんぞすぐチャラにできる」
「私は一体、何を質入れしていたんですか」
老人はニヤリと笑い、私の頭を指さした。
「それだよ、それ。あの装置で検査したところ、あなたの脳はとびきり状態がいい。十年に一度の上玉だ。すぐに高値で売れる」
その瞬間、私はすべて思い出した。この赤鬼の質屋で、自らがした契約のことも。