選外佳作「たーまやー 広田景」
もうすぐ南の空に花火が上がる。今日はとなり村の祭りだ。
「腹すいたな」
横になって野球を見ていた友人と顔を見合わせた。
「最初はグッ、ジャケポン!」
あとだし気味だったおれの負け。
「しょうがない、行くか。何飲む?」
「ビール」
「つまみはワサビ味の種か?」
「わかってらっしゃる。じゃ、よろしく」
「花火そろそろだな」
「特等席で待ってるよ」
東京の大学に入って二年目。今年の夏休みも帰省して恒例の花火見物だ。
「ちょっとそこのコンビニ行ってくる」
母親と妹が玄関先で花火を待っていた。二階建ての我が家で視界を遮らず花火を楽しめるのはおれの部屋だけだ。
国道に向かって歩きながら右手に広がる田んぼに目をやった。畦道に人影がいくつもある。笑い声とともにうちわで手のひらを叩く音がした。
立ち止まってとなり村との境にあるガソリンスタンドの方を見ていると、一発目の花火が打ち上がった。
「たーまやー」
子どもたちの甲高い声と父親とおぼしき野太い声に思わず頬が緩んだ。花火は右へ流され消えていった。直後に「ドーン!」と爆発音が鼓膜を揺らす。
ヒュルヒュルヒュルヒュル。
二発目が上がる。幾筋もの黄金色の光が柳のようにしだれて消えた。すぐさま花火の時間差攻撃。
「ドーン!」
おれは昔から、風に流されて消えていく花火が好きだった。グローブジャングルのような球体の宇宙船。手を振る少年を目で追っていると船は回転しながらスーッとワープに入り消えていくのだ。
そんなことを想像して一人夜道でニンマリしていると三発目がパッと開いた。突然、尻すぼみの掛け声が聞こえる。
「た~まやぁ」
いつやって来たのか、腰の曲がったおじいさんが横にいた。
「た~まひゃぁ」
拍子抜けした声に、おれは吹き出しそうになりながら言った。
「おじいさん、まだだよ。ほら、四発目!」
丸い背中に手を触れて合図する。
「た~まやぁ」
「タイミングはばっちり」
おれはその場を去ろうとしたが、すぐに掛け声がして振り返った。すると、老人は花火の上がる南ではなく北を向いているではないか。
「さすがにおかしいだろ」
様子を見ていると、花火にお尻を向けたまま「た~まやぁ」とおかしなイントネーションで言ってから探し物でもするようにきょろきょろ。そして次の瞬間ひょいっと上半身を起こした。腰が伸びるとは思ってなかったおれは驚いた。「おお」と声を上げたついでに尋ねる。
「おじいさん、なんか探してんの?」
「孫の大事にしとるタマじゃ」
「タマ……?あー、それで」
合点がいったおれは吹き出した。おじいさんはこちらの反応にかまわず猫の名前を呼ぶ。おれも加勢した。自動車整備工場の敷地を見回すと、隅の方でキラッと二つの眼が光った。近づいてくる。でも荒い息遣いは猫じゃない。気づいてたじろいだところへそいつが飛びついてきた。同時にアッパーを食らう。
「いってぇ……。タマって犬かよ!」
「すまんのう……。でも、ありがとな」
「いや、まあ、よかったです。じゃあ」
おれはあごをさすって歩きだした。花火が上がる。
「タマだー」
タイミング早い。元気な掛け声だがおしい。
「正解は、たま……えっ?」
手を振る少年におれは目を丸くした。少年の顔が大きく夜空に広がる。小学生のとき突然いなくなった同級生に似ていた。はにかむように笑う色白の顔のそばかすがスーッと消えていった。
ポケット内の振動がドーンという爆発音とともに全身を駆けめぐる。余韻に浸りつつスマホを取り出すと、画面に視線を落とした。
「花火の音でお前の帰巣本能は狂ったか」
友人のメールに返信する。
「狂ったのは、タマやー」
おれは花火が消えていくのを見ながら微笑んだ。