佳作「迷子 瀧なつ子」
どうしよう。
佳奈が迷子になってしまった。
まだ五歳の女の子が、大混雑の花火大会中の土手で一人になってしまったのだ。
夜空にはドン、ドン、と華麗な花火が上がる。佳奈も私も楽しみにしていたのに、こうなってしまってはいつもは快いその爆発音も不安心を一層煽るだけだ。
「あの、娘を見ませんでしたか。五歳なんですけど、黄色い浴衣を着ていて……」
手当たり次第に、見物客に尋ねる。
「え?娘さん?五歳なの?」
花火見物を邪魔されたからだろうか、声を掛ける人はみな怪訝な顔で知らないという。
ああ、あの小さな手を離すんじゃなかった。
今頃きっと、泣いているにちがいない。
空がぱっと明るくなるたびに、佳奈の黄色い浴衣を探した。
どこをどう探していいかおろおろしていると、赤いはっぴを着た、大会の関係者と思われる女性が声をかけてくれた。
「娘がいなくなってしまって。五歳で、あの、黄色い浴衣にピンクの帯を……」
「え、娘さん、ですか?」
はっぴの女性は、私の瞳を覗き込むように見つめ、すこし考えて言った。
「本部のテントに行ってみましょう。放送もかけられますし、もしかしたら保護されているかもしれません」
「はい、はい。お願いします」
女性は、汗ばんだ手で私の手を引いてくれた。「綺麗」とか「すごい」と、空を見ながら歓声をあげる人ごみの中を、縫うように歩いた。
本当だったら、私と佳奈だって川の上の大輪を見て、かき氷でも食べながら感動していたはずなのに。
佳奈を思うと、涙がこぼれそうになる。
人いきれの土手を歩くのには随分時間がかかってしまったが、何度もつまづきそうになる私を、はっぴの女性は支え、気遣ってくれた。
テントに着くと、警官と中年の女性が話しているのが目に入った。
「ああ、お義母さん!よかった。心配したのよ」
そう言って、女性は私に駆け寄ってきた。
成子(せいこ)さんだ。
はっぴの女性が成子さんに「ご家族の方ですか?」と話しかける。成子さんもそれに応える。
「成子さん、あのね、佳奈が迷子になってしまって」
「え、佳奈さん?佳奈さんがいなくなったと思ったの?あ、ちょっとまって。良邦さんから電話だ」
成子さんは、電話にでた。
「ええ、そうなの。スタッフの方が連れてきてくださって……」
すぐに電話は終わった。
「今、良邦さんもここへ来るから。お義母さん、佳奈さんが迷子になったと思っちゃったの?」
成子さんは、なにやら電話を操作して私に写真を見せてきた。そこには、新築の家の前で笑う、佳奈一家が写っていた。
「佳奈さんは、結婚して北海道にいるのよ」
そうだ。
佳奈は随分前に結婚して、北海道で家を建てた。
はっぴを着た女性が、成子さんと私にペットボトルのお茶をくれた。
それを飲んで腰掛けながら、私はその写真に見入った。
犬を抱いて、自身の息子と夫と笑う佳奈。主人の面影を宿す佳奈の顔は、歳相応にたるんでいる。
「ああ、お母さん。見つかってよかった。いやあ、焦ったよ。皆さんどうもご迷惑を……」
息子の良邦が汗びっしょりで、テントに駆け込んできた。
「佳奈さんが、迷子になったと思ったんですって。だから今写真を……」
「佳奈が?ああ、そういえば、確かに昔、そんなことがあったよ。佳奈が五歳くらいのときのことだけど。そうかぁ。あのときのことを思い出しちゃったのか」
「ずうっと、毎年この花火大会に、一緒に来てたんですものね」
成子さんが、私の背を撫でながら言う。
「今年は直史(なおし)くんが受験だから来られないけどね。来年はみんなで来るって言ってたよ」
良邦は、しゃがみ、私の目を見て言った。
外では、花火の音と歓声がひびき続けていた。