小学館文庫小説賞
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文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
小学館文庫小説賞
今回は小学館文庫小説賞(A4サイズの白紙に四十字×四十行〔縦組み〕で印字し、七十五枚から二百枚まで。手書き原稿は不可。アマ・プロ問わず、ジャンル不問、自作未発表の日本語小説に限定)を取り上げることにする。
「文庫小説賞」と銘打っているが、基本的に受賞作は、四六版のハードカバーで刊行される。
中でも今回は、第十二回の受賞作『マンゴスチンの恋人』(遠野りりこ)について論ずる。これは、実は「新人賞を狙うアマチュアが書いてはいけない」典型的な作品である。
タブーという意味ではない。よほど“小説家としての腕力(力業的な筆力)”が備わっていないと、まず、巧く書きこなすことができず、九分九厘、大失敗に終わりそうなテーマ選択だからである。まず、『マンゴスチン』は表題作の他に三編が収録され、百枚弱の四作品の短編連作の形式を採っている。第一話の主人公が大庭季里子、第二話の主人公が瀬尾実森、第三話の主人公が広田葵、第四話の主人公が坂東梢(教師)と入れ替わる。
これは、アマチュアは、やってはいけない。四人の主人公ということは、四人のキャラを立てなければならない(キャラが立たないと予選で落とされる)わけだが、これは執筆歴の浅いアマチュアには至難の業である。一人の主人公のキャラを立てることでさえ容易ではない。遠野は小学館文庫小説賞の三年前に『朝顔の朝』で第三回ダ・ヴィンチ文学賞読者賞を受賞し、他にも著書があるプロ作家である。「そう言って」の多用、「目を丸く」といった芸のない形容など、貧弱なボキャブラリー、鸚鵡返しの台詞の使用等々、文章は下手の部類だが、少なくとも、かなり書き慣れている印象はある。執筆歴の浅いアマチュアや、腕の悪い編集者では、遠野の文章力の拙劣さには気づかずに見逃すだろう。
物語の舞台は、進学校でもない、不良校でもない、平均的な公立高校と、その周辺。
これもNG。平均的な公立高校という舞台は、最も一般人が触れやすい環境なわけで、それだけ物語に既視感(どこかで見たようなエピソードのオンパレード)が出やすい。
新人賞は“他の書き手には書けない物語の書き手の発掘”であるから、既視感のある似通った応募作は束にして落とされる。その結果、陽の目を見ないから、アマチュアは、つい「こういう受賞作はないから」と応募し、あえなく予選落ちするという憂き目を見る。
ところが新人のプロ作家は、けっこう新人賞の下読み選者を依頼されることが多く、その結果“大量に送られてきて、束にして落とされる類似作品”がどのような物語なのかを肌で実感することができる。次から次へと読む作品が似通っていたら、初めて下読みに携わっても「これは纏めて落とそう」という気持ちに傾く。そういう立場にあるから“どう書けば予選で撥ねられないか”のコツが呑み込めている。大量に応募される作品と全く違う傾向の作品を書く、という選択肢と、似通ってはいるが、根本部分に捻りを利かせて「うん、こういう作品はないぞ」と最終選考委員に思わせられる作品に仕立てるか。
『マンゴスチン』は、この後者タイプの作品で、だからこそアマチュアは真似するべきではない。「こういう作品なら私にも書けそう」と思わせる作品であるだけに、要注意。
また物語のテーマが恋愛にあって、これもアマチュアが選んではNGなテーマである。
そもそも恋愛は男女、男と男(ホモ)、女と女(レズビアン)の三パターンしかない。だから、どういう組み合わせにしようが、前例が存在する作品にしかならず、それに三角関係や四角関係の捻りを加えたとしても、なおオリジナリティを入れ込むのは難しい。
第一話は女女(レズ)男(ストーカー)の三角関係、第二話が男女二名ずつの四角関係に加えて、校内イジメ、女子高生の援助交際に、インターセックス、その後の話では性同一性障害と、新人賞応募作に山ほどある月並みな時事ネタ設定を題材に取り上げている。
それにも拘わらず、微妙に応募落選作に大量にある設定からズラして、新鮮味を演出している。野球の投球術に喩えると、ド真ん中のストライクならホームランを喰らう(アイデアが陳腐で一次選考で落とされる)が、そこから球一個分を外せば、いくら良い当たりを打たれても、ファウルにしかならない(微妙に新鮮で、予選突破できる)という状況に似ている。
遠野は、自身に下読み選者の経験があるか、身近に下読み選者がいて、その辺りの微妙なニュアンス(ここを少し捻れば最終選者に新鮮味を感じさせられる)を肌で掴んだものと思われる。第一話で、主人公がレズの恋人に振られ(予告なしに逃げられ)て、ストーカーのようにしつこく付き纏っていたクラスメートと相思相愛になる展開などは、普通では思いつかない。そういう発想法のヒントは多々あるが、やはり、アマチュアは参考にはしないほうが良い作品だと言える。
若桜木先生が送り出した作家たち
| 小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
|---|---|
| 朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
| 歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
| 富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
| 電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
| 『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
| 日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
| 角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
| C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
| ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
| 日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
| その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
| 新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。
文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
小学館文庫小説賞
今回は小学館文庫小説賞(A4サイズの白紙に四十字×四十行〔縦組み〕で印字し、七十五枚から二百枚まで。手書き原稿は不可。アマ・プロ問わず、ジャンル不問、自作未発表の日本語小説に限定)を取り上げることにする。
「文庫小説賞」と銘打っているが、基本的に受賞作は、四六版のハードカバーで刊行される。
中でも今回は、第十二回の受賞作『マンゴスチンの恋人』(遠野りりこ)について論ずる。これは、実は「新人賞を狙うアマチュアが書いてはいけない」典型的な作品である。
タブーという意味ではない。よほど“小説家としての腕力(力業的な筆力)”が備わっていないと、まず、巧く書きこなすことができず、九分九厘、大失敗に終わりそうなテーマ選択だからである。まず、『マンゴスチン』は表題作の他に三編が収録され、百枚弱の四作品の短編連作の形式を採っている。第一話の主人公が大庭季里子、第二話の主人公が瀬尾実森、第三話の主人公が広田葵、第四話の主人公が坂東梢(教師)と入れ替わる。
これは、アマチュアは、やってはいけない。四人の主人公ということは、四人のキャラを立てなければならない(キャラが立たないと予選で落とされる)わけだが、これは執筆歴の浅いアマチュアには至難の業である。一人の主人公のキャラを立てることでさえ容易ではない。遠野は小学館文庫小説賞の三年前に『朝顔の朝』で第三回ダ・ヴィンチ文学賞読者賞を受賞し、他にも著書があるプロ作家である。「そう言って」の多用、「目を丸く」といった芸のない形容など、貧弱なボキャブラリー、鸚鵡返しの台詞の使用等々、文章は下手の部類だが、少なくとも、かなり書き慣れている印象はある。執筆歴の浅いアマチュアや、腕の悪い編集者では、遠野の文章力の拙劣さには気づかずに見逃すだろう。
物語の舞台は、進学校でもない、不良校でもない、平均的な公立高校と、その周辺。
これもNG。平均的な公立高校という舞台は、最も一般人が触れやすい環境なわけで、それだけ物語に既視感(どこかで見たようなエピソードのオンパレード)が出やすい。
新人賞は“他の書き手には書けない物語の書き手の発掘”であるから、既視感のある似通った応募作は束にして落とされる。その結果、陽の目を見ないから、アマチュアは、つい「こういう受賞作はないから」と応募し、あえなく予選落ちするという憂き目を見る。
ところが新人のプロ作家は、けっこう新人賞の下読み選者を依頼されることが多く、その結果“大量に送られてきて、束にして落とされる類似作品”がどのような物語なのかを肌で実感することができる。次から次へと読む作品が似通っていたら、初めて下読みに携わっても「これは纏めて落とそう」という気持ちに傾く。そういう立場にあるから“どう書けば予選で撥ねられないか”のコツが呑み込めている。大量に応募される作品と全く違う傾向の作品を書く、という選択肢と、似通ってはいるが、根本部分に捻りを利かせて「うん、こういう作品はないぞ」と最終選考委員に思わせられる作品に仕立てるか。
『マンゴスチン』は、この後者タイプの作品で、だからこそアマチュアは真似するべきではない。「こういう作品なら私にも書けそう」と思わせる作品であるだけに、要注意。
また物語のテーマが恋愛にあって、これもアマチュアが選んではNGなテーマである。
そもそも恋愛は男女、男と男(ホモ)、女と女(レズビアン)の三パターンしかない。だから、どういう組み合わせにしようが、前例が存在する作品にしかならず、それに三角関係や四角関係の捻りを加えたとしても、なおオリジナリティを入れ込むのは難しい。
第一話は女女(レズ)男(ストーカー)の三角関係、第二話が男女二名ずつの四角関係に加えて、校内イジメ、女子高生の援助交際に、インターセックス、その後の話では性同一性障害と、新人賞応募作に山ほどある月並みな時事ネタ設定を題材に取り上げている。
それにも拘わらず、微妙に応募落選作に大量にある設定からズラして、新鮮味を演出している。野球の投球術に喩えると、ド真ん中のストライクならホームランを喰らう(アイデアが陳腐で一次選考で落とされる)が、そこから球一個分を外せば、いくら良い当たりを打たれても、ファウルにしかならない(微妙に新鮮で、予選突破できる)という状況に似ている。
遠野は、自身に下読み選者の経験があるか、身近に下読み選者がいて、その辺りの微妙なニュアンス(ここを少し捻れば最終選者に新鮮味を感じさせられる)を肌で掴んだものと思われる。第一話で、主人公がレズの恋人に振られ(予告なしに逃げられ)て、ストーカーのようにしつこく付き纏っていたクラスメートと相思相愛になる展開などは、普通では思いつかない。そういう発想法のヒントは多々あるが、やはり、アマチュアは参考にはしないほうが良い作品だと言える。
若桜木先生が送り出した作家たち
| 小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
|---|---|
| 朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
| 歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
| 富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
| 電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
| 『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
| 日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
| 角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
| C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
| ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
| 日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
| その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
| 新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。