日本ホラー小説大賞


文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
日本ホラー小説大賞
今回は、日本ホラー小説大賞を取り上げることにする。第十八回と第二十回が大賞の該当作なしだったので、今回は第十九回の大賞受賞作の小杉英了『先導者』(応募時タイトル『御役』)について、論ずる。
これも、「こんな作品なら、私にも書ける」という勘違いをするアマチュアが出そうな作品、つまり、アマチュアが真似てはいけないタイプの作品なので、厳しく注意する。
『先導者』には目新しいアイデアは見当たらない。輪廻転生、幽体離脱、地縛霊、浮遊霊、憑依など(そういう単語は、敢えて輪廻転生以外は避けているが)といった、ホラーもの、怪奇もので常套的に用いられる概念のオンパレードである。そういう点で、受賞作がいきなり直木賞にノミネートされた第十二回受賞作の『夜市』などとは全く違っている。
『夜市』は、それまで見たことのない怪奇世界を創出して見せたが、『先導者』は、そういう目新しさはない。従来の概念に“小手先の捻り”を加えただけに留まっている。
ただ、その捻り方が、何度も最終候補まで残っているベテランの書き手だけに、巧い。
《大樹》という組織と契約している人間が死ぬと、組織に所属する先導者が幽体離脱して死者の霊魂に会いに行く。その霊魂は死んだ場所に地縛霊となって留まっていたり、死体から離れて浮遊霊となり、ふらふら辺りを彷徨っていたりする。その霊を見つけて、いわゆる“天国”まで導くのが、先導者の役割である。霊を見つけ、逃げ出さないように先導者と結びつける手懸かり及び牽引ロープの役割を果たす小道具が、死者から死後まもなく採取された血液――というのが、辛うじて新奇のアイデアと言える程度で、小粒。
秀逸なのは、先導者が自分の身体から幽体離脱し、目当ての霊魂を探しに行く時の体感描写と心理描写で、ここに新鮮味がある。ふらふら浮遊している霊魂を発見し、苦労して捕まえたは良いが、その霊魂が、死んだばかりの人間ではなく、輪廻転生した、一つ前のバージョンの霊魂に変貌して先導者を“地獄”に引きずり込もうとし、慌てた先導者が、がっちり霊魂に掴まれた左腕で切り捨てる“蜥蜴の尻尾切り”手法で這々の体で現世に逃げ帰るシーンなどは、恐がりの読者だったら目を背けるかも知れない。だが、結局のところ、どこまで行っても“既存概念に多少の目新しい捻りを加えただけ”に留まっている。
応募歴の浅いアマチュアは、つい、自分に都合良く解釈しがちなので、「ああ、こういう手法も有りなんだ」と考えて新奇のアイデアの創案を怠り、安直に“既存概念の捻り”に走りかねない。だから冒頭で「アマチュアが真似てはいけないタイプの作品」と釘を刺したわけである。『先導者』ほど巧く捻れれば良いが、まず、そこまで行くのは難しい。
それに、新人賞は基本的に応募者の創造力・想像力を見るもの。「どこかで見たような物語」は「創造力・想像力不足」と見なされ、大きな選考時の減点対象となる。同レベルの応募作がバッティングしたら、創造力で上回っているほうに授賞されるのは自明の理だから、応募者はあくまでも新奇のアイデアを追求する努力を怠ってはならない。
また『先導者』は、作者がこの思いつきに酔ったのか、先導者という役割に関して滔々と説明する構成から入っている。これもNG。エンターテインメントは、音楽ならば、ベートーベン『運命』のように、基本的に緊迫したシーンから始めるのが鉄則。そうしないと大多数の読者は食いついてくれず、作品が売れないことになる。同レベルの応募作がバッティングしたら、冒頭からスリリングで、ジェット・コースター・ムービーのように、ぐいぐい惹き込まれる応募作のほうに授賞されることになる。この二ポイントは極めて重要な、当落を分ける要因になるので、よくよく肝に銘じておくこと。
『先導者』は後半に入ると、今度はライトノベル・ファンタジーに有りがちな手法を組み込んでいる。《大樹》のような、死者の霊魂を天国に導く組織は、実は沢山あって、そういう組織同士の抗争や先導者のヘッド・ハンティング合戦があり、主人公の属する《大樹》が崩壊の危機に瀕している、といった展開になっている。
この接続部分は全く成功しておらず、木に竹を接いだような違和感を与える。エンディングも中途半端で、巧く収拾できずに投げ出したような印象。主人公の先導者が体験する霊魂世界での体感描写と心理描写を良しとするか、既存アイデアの捻りだけで新奇アイデアが見当たらないとして落とすか、その辺りは選考委員の好みによって、大きく変わってくるだろう。
このタイプの作品だと応募者にとって幸運なほうに転ぶか、不運なほうに転ぶかは選考委員の心証次第なのだから、やはり、どんな選考委員であろうと高評価を与える新奇のアイデア創出に心血を注ぐべき。既存アイデアのバージョンアップでお茶を濁すような安易な道は勧められない。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
---|---|
朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。
文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
日本ホラー小説大賞
今回は、日本ホラー小説大賞を取り上げることにする。第十八回と第二十回が大賞の該当作なしだったので、今回は第十九回の大賞受賞作の小杉英了『先導者』(応募時タイトル『御役』)について、論ずる。
これも、「こんな作品なら、私にも書ける」という勘違いをするアマチュアが出そうな作品、つまり、アマチュアが真似てはいけないタイプの作品なので、厳しく注意する。
『先導者』には目新しいアイデアは見当たらない。輪廻転生、幽体離脱、地縛霊、浮遊霊、憑依など(そういう単語は、敢えて輪廻転生以外は避けているが)といった、ホラーもの、怪奇もので常套的に用いられる概念のオンパレードである。そういう点で、受賞作がいきなり直木賞にノミネートされた第十二回受賞作の『夜市』などとは全く違っている。
『夜市』は、それまで見たことのない怪奇世界を創出して見せたが、『先導者』は、そういう目新しさはない。従来の概念に“小手先の捻り”を加えただけに留まっている。
ただ、その捻り方が、何度も最終候補まで残っているベテランの書き手だけに、巧い。
《大樹》という組織と契約している人間が死ぬと、組織に所属する先導者が幽体離脱して死者の霊魂に会いに行く。その霊魂は死んだ場所に地縛霊となって留まっていたり、死体から離れて浮遊霊となり、ふらふら辺りを彷徨っていたりする。その霊を見つけて、いわゆる“天国”まで導くのが、先導者の役割である。霊を見つけ、逃げ出さないように先導者と結びつける手懸かり及び牽引ロープの役割を果たす小道具が、死者から死後まもなく採取された血液――というのが、辛うじて新奇のアイデアと言える程度で、小粒。
秀逸なのは、先導者が自分の身体から幽体離脱し、目当ての霊魂を探しに行く時の体感描写と心理描写で、ここに新鮮味がある。ふらふら浮遊している霊魂を発見し、苦労して捕まえたは良いが、その霊魂が、死んだばかりの人間ではなく、輪廻転生した、一つ前のバージョンの霊魂に変貌して先導者を“地獄”に引きずり込もうとし、慌てた先導者が、がっちり霊魂に掴まれた左腕で切り捨てる“蜥蜴の尻尾切り”手法で這々の体で現世に逃げ帰るシーンなどは、恐がりの読者だったら目を背けるかも知れない。だが、結局のところ、どこまで行っても“既存概念に多少の目新しい捻りを加えただけ”に留まっている。
応募歴の浅いアマチュアは、つい、自分に都合良く解釈しがちなので、「ああ、こういう手法も有りなんだ」と考えて新奇のアイデアの創案を怠り、安直に“既存概念の捻り”に走りかねない。だから冒頭で「アマチュアが真似てはいけないタイプの作品」と釘を刺したわけである。『先導者』ほど巧く捻れれば良いが、まず、そこまで行くのは難しい。
それに、新人賞は基本的に応募者の創造力・想像力を見るもの。「どこかで見たような物語」は「創造力・想像力不足」と見なされ、大きな選考時の減点対象となる。同レベルの応募作がバッティングしたら、創造力で上回っているほうに授賞されるのは自明の理だから、応募者はあくまでも新奇のアイデアを追求する努力を怠ってはならない。
また『先導者』は、作者がこの思いつきに酔ったのか、先導者という役割に関して滔々と説明する構成から入っている。これもNG。エンターテインメントは、音楽ならば、ベートーベン『運命』のように、基本的に緊迫したシーンから始めるのが鉄則。そうしないと大多数の読者は食いついてくれず、作品が売れないことになる。同レベルの応募作がバッティングしたら、冒頭からスリリングで、ジェット・コースター・ムービーのように、ぐいぐい惹き込まれる応募作のほうに授賞されることになる。この二ポイントは極めて重要な、当落を分ける要因になるので、よくよく肝に銘じておくこと。
『先導者』は後半に入ると、今度はライトノベル・ファンタジーに有りがちな手法を組み込んでいる。《大樹》のような、死者の霊魂を天国に導く組織は、実は沢山あって、そういう組織同士の抗争や先導者のヘッド・ハンティング合戦があり、主人公の属する《大樹》が崩壊の危機に瀕している、といった展開になっている。
この接続部分は全く成功しておらず、木に竹を接いだような違和感を与える。エンディングも中途半端で、巧く収拾できずに投げ出したような印象。主人公の先導者が体験する霊魂世界での体感描写と心理描写を良しとするか、既存アイデアの捻りだけで新奇アイデアが見当たらないとして落とすか、その辺りは選考委員の好みによって、大きく変わってくるだろう。
このタイプの作品だと応募者にとって幸運なほうに転ぶか、不運なほうに転ぶかは選考委員の心証次第なのだから、やはり、どんな選考委員であろうと高評価を与える新奇のアイデア創出に心血を注ぐべき。既存アイデアのバージョンアップでお茶を濁すような安易な道は勧められない。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
---|---|
朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。