佳作「紺と白のストライプ 三浦幸子」
最近の僕は図書館へよく来る。
就職も決まらずニート状態だが、引きこもるのも嫌だし、かといって遊ぶに行くには金がない。家にいるとお袋がうるさい。で、図書館に来るわけだ。金も掛からず、何時間でもいられる所なんて他にはない。
今日は入り口近くの席しか空いてなかった。ボーッと雨の降るのを見ていると、女のこが入ってきた。僕好みのかわいい娘(こ)だ。
一目惚れってこういうことを言うんだな、きっと。
その娘は、丁寧に傘をたたんで、傘立てにさした。ビニール傘なんだけど、持ち手のところが紺と白のストライプで、僕の今の気分にぴったりで、さわやかな感じがした。
僕はもう読書どころじゃなかった。その娘とどうやれば近づけるかと、そのことばかり考えた。
今を逃せば、二度とその娘に逢えないと思った。
僕は、脳みそをフル回転させた。そして、自分のビニール傘をつかむと、コンビニに走った。
イートインに腰掛けて、買ったばかりの紺のビニールテープを、僕の傘の持ち手にていねいにくるくると巻いていった。
傘を持ち上げて眺めて見た。これなら、彼女のと同じに見えるだろう。
図書館に戻ると、彼女の傘の隣に、彼女の傘と同じように丁寧にたたんでさした。そして、彼女がよく見えるところに座り、読みもしない本を前に、彼女を観察した。
やがてそのときが来た。彼女が帰る支度を始めたのだ。僕も慌てて帰る準備をした。
そして、上手い具合に彼女の一歩前に立ち、紺と白のストライプの持ち手のついた傘を取った。もちろんそれは、僕が細工した僕の傘ではなく、彼女の傘だ。
うしろから、慌てた声が聞こえた。
「あっ、それ、私の傘です」計算どおりだ。僕の頬がゆるんだ。けれど急いで真顔になり彼女の方へ振り向いた。
「それに、ほら」彼女は僕の前に来ると、僕の持っていた彼女の傘の持ち手の部分を指さし、「ここに、名前が」と言った。
アイと書いてあった。この子はアイちゃんと言うんだ。なんてかわいい名だろう。それに、彼女から良い香りがする。
「ごめんなさい。ぼく、ストライプが好きだから買ったときにテープを巻いてみたんだ。自分でやっておきながら間違えるなんて……ごめんね」僕はその傘をアイちゃんに返した。そして勇気を出して聞いてみた。
「どこまで帰るの」
「駅前まで行って、買い物してから帰るの」
家の場所は聞けなかったが、僕は満足だった。
「僕も駅の方まで行くから、一緒に帰ろうか」
外に出ると雨はすっかりやんでいた。二人は肩を寄せ合うようにして歩いた。
紺と白のストライプの持ち手もふたつ、仲良く歩いている。
アイちゃんは、思いの外おしゃべりだった。僕の訊いたことにも、ちゃんと返事してくれた。
「あら、あなたの名前聞いてないわね」突然言われてびっくりした。僕に興味を持ってくれたのだろうか。
「直樹、岩田直樹っていうんだ。君は?」
「私は愛よ。愛するの愛って書くの」
「愛ちゃんって呼んで良いかな」
「いいわ。じゃあ、私は直樹君でいい?」良い感じだ。恋の予感がした。
「あのう、もし良かったら、お茶でもしない?ホントはご飯でもって言いたいけど、初対面だもんね。厚かましいよね。ああ、お茶しない?って誘うのも厚かましいかなあ」自分で自分の
大胆さにあきれながら訊いてみた。
愛ちゃんはふふふと笑って、
「お茶、いいわよ。直樹君とは、本のこととか話してみたいの」
僕たちは、近くの喫茶店に入って、長いこと話した。
愛ちゃんの目は、ずーっと僕を見てくれていたし、僕も愛ちゃんの目をずーっと見ながら話していた。
幸せな時間が流れていった。
――そのはずだったーー
めまいがしそうなぐらい、一瞬でいろんな事を考えていた。
気がつけば、まだ図書館の玄関にいた。
手が痛かったから、手に目を落としてみると、紺と白のストライプの持ち手のついた傘、彼女の傘を、強く、強く握りしめていた。
彼女は、僕がテープを巻いた傘をさして、向こうの方の植え込みの角を曲がっていった。