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佳作「紺と白のストライプ 三浦幸子」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第29回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「紺と白のストライプ 三浦幸子」

最近の僕は図書館へよく来る。

就職も決まらずニート状態だが、引きこもるのも嫌だし、かといって遊ぶに行くには金がない。家にいるとお袋がうるさい。で、図書館に来るわけだ。金も掛からず、何時間でもいられる所なんて他にはない。

今日は入り口近くの席しか空いてなかった。ボーッと雨の降るのを見ていると、女のこが入ってきた。僕好みのかわいい娘(こ)だ。

一目惚れってこういうことを言うんだな、きっと。

その娘は、丁寧に傘をたたんで、傘立てにさした。ビニール傘なんだけど、持ち手のところが紺と白のストライプで、僕の今の気分にぴったりで、さわやかな感じがした。

僕はもう読書どころじゃなかった。その娘とどうやれば近づけるかと、そのことばかり考えた。

今を逃せば、二度とその娘に逢えないと思った。

僕は、脳みそをフル回転させた。そして、自分のビニール傘をつかむと、コンビニに走った。

イートインに腰掛けて、買ったばかりの紺のビニールテープを、僕の傘の持ち手にていねいにくるくると巻いていった。

傘を持ち上げて眺めて見た。これなら、彼女のと同じに見えるだろう。

図書館に戻ると、彼女の傘の隣に、彼女の傘と同じように丁寧にたたんでさした。そして、彼女がよく見えるところに座り、読みもしない本を前に、彼女を観察した。

やがてそのときが来た。彼女が帰る支度を始めたのだ。僕も慌てて帰る準備をした。

そして、上手い具合に彼女の一歩前に立ち、紺と白のストライプの持ち手のついた傘を取った。もちろんそれは、僕が細工した僕の傘ではなく、彼女の傘だ。

うしろから、慌てた声が聞こえた。

「あっ、それ、私の傘です」計算どおりだ。僕の頬がゆるんだ。けれど急いで真顔になり彼女の方へ振り向いた。

「それに、ほら」彼女は僕の前に来ると、僕の持っていた彼女の傘の持ち手の部分を指さし、「ここに、名前が」と言った。

アイと書いてあった。この子はアイちゃんと言うんだ。なんてかわいい名だろう。それに、彼女から良い香りがする。

「ごめんなさい。ぼく、ストライプが好きだから買ったときにテープを巻いてみたんだ。自分でやっておきながら間違えるなんて……ごめんね」僕はその傘をアイちゃんに返した。そして勇気を出して聞いてみた。

「どこまで帰るの」

「駅前まで行って、買い物してから帰るの」

家の場所は聞けなかったが、僕は満足だった。

「僕も駅の方まで行くから、一緒に帰ろうか」

外に出ると雨はすっかりやんでいた。二人は肩を寄せ合うようにして歩いた。

紺と白のストライプの持ち手もふたつ、仲良く歩いている。

アイちゃんは、思いの外おしゃべりだった。僕の訊いたことにも、ちゃんと返事してくれた。

「あら、あなたの名前聞いてないわね」突然言われてびっくりした。僕に興味を持ってくれたのだろうか。

「直樹、岩田直樹っていうんだ。君は?」

「私は愛よ。愛するの愛って書くの」

「愛ちゃんって呼んで良いかな」

「いいわ。じゃあ、私は直樹君でいい?」良い感じだ。恋の予感がした。

「あのう、もし良かったら、お茶でもしない?ホントはご飯でもって言いたいけど、初対面だもんね。厚かましいよね。ああ、お茶しない?って誘うのも厚かましいかなあ」自分で自分の

大胆さにあきれながら訊いてみた。

愛ちゃんはふふふと笑って、

「お茶、いいわよ。直樹君とは、本のこととか話してみたいの」

僕たちは、近くの喫茶店に入って、長いこと話した。

愛ちゃんの目は、ずーっと僕を見てくれていたし、僕も愛ちゃんの目をずーっと見ながら話していた。

幸せな時間が流れていった。

――そのはずだったーー

めまいがしそうなぐらい、一瞬でいろんな事を考えていた。

気がつけば、まだ図書館の玄関にいた。

手が痛かったから、手に目を落としてみると、紺と白のストライプの持ち手のついた傘、彼女の傘を、強く、強く握りしめていた。

彼女は、僕がテープを巻いた傘をさして、向こうの方の植え込みの角を曲がっていった。