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佳作「何でも屋 久野しづ」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第13回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「何でも屋 久野しづ」

私は気が動転した。「まさか、こんなところで……」買い物袋もそのままに、すぐさま隣家の池田を呼びに行った。池田は冷静だった。「こういうこともありますよ」

私は顔をしかめた。「この先もここに住まなくちゃいけないのよ」

「それは奥さん、あなたの家庭を元に戻すにはこれくらいのことはおきますよ」

そう、もともとは私の身からでたさび。夫がありながら、この男性に夢中になったからだった。彼は私の家の玄関で死んでいた。池田が言った。

「とりあえずあなたに不利な証拠を残していないか調べてから、警察を呼びましょう」

やってきたのは木下警部といういかつい中年の男だった。別居中の夫も呼ばれて来ている。警部が私に聞く。「被害者に見覚えは?」警察は他殺だと思っているのか。

私は夫がそばにいるので、とっさに「知らない人です。」と答えてしまった。そこへ木下警部の部下が現れ警部に耳打ちした。「すぐに連れてこい」警部が指示をする。

連れられてきたのは池田だった。警部が池田に聞く。「この人に間違いありませんか」

池田は顔をしかめて死体の写真を見る。私は名演技だと感心した。

「間違いありません。この人が浄水器を売りにきたのです」そのパンフレットを見せる。

「ということはセールスマンか。でも所持品には」警部は部下に所持品リストを要求する。

「……ないな。セールスマンなのに名刺を一枚も持っていない」警部は池田に尋ねた。

「名刺はもらいませんでしたか」「そういえばもらっていません」

比較的若い刑事が口をはさんだ。「最近、この近辺でセールスマンを装った空き巣が発生しています。住人に出くわすとセールスマンのふりをして逃げるのです」

すると、玄関の外から別の部下が声をはりあげた。「警部、ガイシャの靴底に名刺が」

名刺には広川努の名前と電話番号が書かれていた。そして裏側には「コノイエノツマガハンニン」と殴り書きされていた。私はそこにいた全員の視線をあびることになった。冷汗がこめかみあたりを流れ落ちた。

「どういうことですかね。」警部が私を問いつめる。「あなたは被害者を知らないと言った。本当は知っているのではないですか」

(どうしたらいいの)私は池田に救いを求めようとした。ところが池田はこっそりこの場から逃げようとしていた。それを目ざとく見つけて警部が呼び止める。

「待ってください。あなたももう少しお話を聞かせてもらえませんか。あなた確か駅前にある調剤薬局の薬剤師ですよね?あなたは被害者を招き入れ、お茶を入れるからと席をはずして被害者の靴底に実はもらった名刺を入れたのかもしれない。奥さんに罪をきせようとして。

被害者が訴えた体の不調にきく薬だと、毒薬を渡したとも考えられる」

「わ、私がですか。そんなとんでもない」うろたえる池田。まさか池田、図星だったのか。」

私は夫との修復をあきらめた。「私、嘘をついていました。被害者は私の不倫相手です」

「夫がやり直そうっていってくれたんです」私は久しぶりに会う池田に報告をしていた。

「どうやら私から別れを切り出されて悲観した広川が、毒を飲んで自殺したという警察の見解に納得したみたい。それにしても、広川自身がインターネットで毒を購入したことが判明してよかったわ。あなたも助かったわね」

それはようございました。しれっとした池田に聞きたかった。どうやって自殺するようにもっていったか。「あなたへの復讐は何が一番効果的かと聞かれたので、あなたの家の玄関で自殺することをすすめました」

私はふと広川も池田に報酬を支払ったのではないかと思った。「インターネットで毒薬を手に入れるなんて、超アナログ派の彼には無理。あなたが指南したの?」

「それは機密事項なのでご勘弁を」

「警察はセールスマンのふりをして空き巣をしていたのも広川だとみているみたいだけど、何か気の毒ね。別の事件の犯人にされちゃうなんて」

それにも池田は答えなかった。私はまた機密事項の範囲にふみこんでしまったか。もしかして、その真犯人からも報酬を受け取っているのかと疑心暗鬼になる。

「では振り込んでいただく金額ですが」池田はあくまでも淡々とすすめるのだった。