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佳作「容認 辛抱忍」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第13回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「容認 辛抱忍」

日曜日の昼下がりのことだった。自宅前に車が停車したので、美佐子は窓越しに外を見た。停車したのはオープンカーだった。すると、玄関のベルが鳴った。忠夫が玄関のドアを開けると、一人の中年男性が立っていた。黒いハンチング帽を被り、濃い顎髭を生やしていた。美佐子は、少し離れて様子を窺った。

「こういう者です」

忠夫は、差し出された名刺を一瞥すると、

「探偵が一体何の用だ?」

と言った。

「弘樹さんはご在宅でしょうか」

「弘樹はこの家にはおらんよ」

その時、美佐子は十年前のことを思い出した。

*****

「僕は役者になる。許してほしい」

「選りに選って、なぜ、役者なんだ。国立の法学部を出たのだから、裁判官か弁護士を目指すべきだろう。そのほうが母さんも喜ぶんだ」

「喜ぶのは親父のほうだろう。親父は肩書きにしか興味がないからね」

弘樹は忠夫と美佐子の説得を聞き入れず、

「必ず成功する。その時は認めてくれよな」

と決意表明して出ていってしまった。

*****

あの時の弘樹の真剣な顔が今でも美佐子の胸に焼き付いていた。

「弘樹が何かしでかしたのか」

「息子さんに結婚詐欺の疑いがあります」

「何だと!」

美佐子も驚きの声を上げた。忠夫は一瞬美佐子のほうを振り向いた。

「弘樹さんには交際している女性がいて、その女性は結婚を強く望んでいます。しかし、その方のご両親が弘樹さんを疑っていて、調査依頼を受けたのです」

「弘樹は十年前に家を出たきりだ。それ以来、まったく会っていないし連絡もない。信じられないなら、息子の部屋を調べてもらってもかまわんよ。出て行った時のままにしてあるからね」

「いいえ。そこまでするつもりはありません。私は、刑事ではありませんので」

「一人っ子だったので、甘やかして育ててしまった。私の責任だな」

探偵はジャケットの内ポケットから一通の封筒を取りだした。

「交際中の女性からの手紙です。ご両親にお渡しするよう頼まれました」

探偵が帰ったあと、忠夫は不愉快そうな顔をして美佐子に言った。

「時が経つと、人も変わるということだな。情けないやつだ」

忠夫は美佐子に封筒を手渡すとリビングに向かった。美佐子はその場で手紙を読んだ。

『私は長年、弘樹さんを応援してきた水沢幸子といいます。弘樹さんは舞台俳優になるため、こつこつと練習を重ね、このたび、主役デビューすることになりました。

お父様、お母様、どうか、弘樹さんの芝居を見にいらっしゃってください。努力の成果をご覧になってください』

そして、入場券が二枚添えられていた。

美佐子は忠夫のそばに駆け寄って言った。

「あなた、弘樹は成功したようですよ」

「おまえ、いったい何を言ってるんだ 」

「あの探偵は弘樹だったのですよ」

「何だって 」

「弘樹は探偵を演じていたのですよ。親を騙せるなんて大したものですね」

「演じていた  どうしてあの男が弘樹だとわかったんだ?」

「この手紙に書いてありますよ」

忠夫は手紙を読んだ。

「弘樹のやつ……。どうして正々堂々とできんのだ」

「野太い声でしたし、滑舌も良かったので、まったく気づきませんでしたね。相当、苦労したと思いますよ」

「まったく、しょうがないやつだ」

美佐子には、忠夫がその態度とは裏腹に、内心喜んでいることを見て取った。

美佐子は再び窓越しに外を見た。

「もう、弘樹のことを認めてやってもいいんじゃないですか。恋人も一緒のようですし」

「恋人 」

「車に同乗しているのは、弘樹を支えてくれた女性だと思いますよ。手紙の内容から推察すると、結婚も考えていると思いますよ。早く呼びとめないと行ってしまいますよ」

「そ、そうだな」

忠夫は足早に外に出ていった。