佳作「じいちゃんの名刺 脇本好人」
「ぅわぁー、じいちゃん、たっくさん名刺持ってんだねー」
ここは寂れた工場町。小さな印刷業を営んでいるじいちゃんの名刺入れを、何の気なしに覗き込んだシンイチは驚いた声で言った。名刺の数は五、六十枚と言ったところか。
「ワハハ、どうじゃ、シンイチ、凄いじゃろ」
「ウン、凄い。あっ、この人ぼく知ってる!」
シンイチは名刺の束の中から一枚を取り出した。それは家電量販店チェーンの社長の物だった。社長自らがテレビCMに出るようになって、一躍、有名になった人だ。
「じいちゃん、この人と知り合いなの」シンイチは訊いた。
「おう、そうじゃ。じいちゃんの取引先なんじゃ」じいちゃんは得意げに答えた。本当は地元の政治家のパーティーでたまたま出会っただけの、縁もゆかりもない人なのだが。
「じいちゃん、スッゲー!」シンイチは尊敬の眼差しでじいちゃんを見た。「じいちゃん、もっと他に有名人の名刺持ってない?」
シンイチは名刺の束を一枚一枚繰りながらじいちゃんに訊いた。
「お、おう、も、持っとる持っとる・・・。けど、他の名刺入れを探さんとな。明日また、見せてやろう、シンイチよ」
その晩遅く、じいちゃんの印刷機は人知れずチョコッとだけ仕事をした。有名人の知り合いなぞいないじいちゃんは、孫を喜ばせたい一心で数枚の有名人の名刺を作り上げたのだった。そして翌日・・・。
「ほれ、シンイチ。これだけ出てきたぞ」
じいちゃんは昨晩作った数枚のインチキ名刺をシンイチに見せた。
「わあ、ほんとだ。結構あるね・・・。あっ、これは!」シンイチは最期の一枚を見て、ビックリした。「電戯堂の社長の人だよ!」
それはシンイチが大好きなテレビゲーム機メーカーの社長、島田茂のニセ名刺だった。丸みを帯びた字体を使い、同社の人気ゲーム、ドリム君を左上に配置させ、いかにもそれらしく作った今回のじいちゃんのイチオシ作品である。
「じいちゃん、これぼくに頂戴」
「ああいいぞ。わしはいつでも貰えるんじゃ」じいちゃんは嬉しそうに答えた。勿論、いつでも作れる、が正解である。
それからしばらくしたある日の夕方、じいちゃんが仕事を終え、家の帰ってくると、和室の客間に布団が引かれ、初老の男性が寝かされていた。じいちゃんはシンイチに訊いた。「この方はどうしたんじゃ」
「この人ね、うちの近くで急に胸を押さえて倒れたんだ。ポケットに薬を持ってたからコップに水を入れて飲ませてあげて、それで布団に寝かせてあげたんだ」
「そりゃ、いいことをしたな。ご苦労さん」
その時、その男性がゆっくりと半身を起き上がらせ、言った。「どうも、大変な御親切を受け、有難うございました。心臓の持病のせいでとんだご迷惑をお掛けしました」
「どうぞ、御無理をなさらず、まだゆっくり寝ていてください」じいちゃんは言った。
「いえ、もう大丈夫です。・・・ぼうや、有難う。本当に優しい子だね。そうだ、お礼にこれを受け取って貰えるかな」
男性は立ち上がると、自分のカバンからあるものを取り出した。それは「スーパードリムくん3」のゲームソフトだった。
「ええっ、本当にいいの!」
「ははは、喜んでくれたようだね。わたしはね、これを作ってる会社の社長なんだよ」
言いながら男性は一枚の名刺を取り出した。
たしかにそこには「電戯堂、島田茂」の文字が書いてあった。じいちゃんが、えっ、と驚き慌てたのは言うまでもなかった。
「じゃあ、じいちゃんに会いに来たんだね。でも、この名刺、ぼくのと違うんだけど……」シンイチはズボンのポケットから例の名刺を大事そうに取り出した。
「あッ、シンイチ、そんなもん出さんでええ!」
じいちゃんは止めようとしたのだが、間一髪遅く、シンイチがほら、と島田社長に渡してしまった。じいちゃんは顔を真っ赤にし、ただ社長の前に立っているしかなかった。
暫くその名刺を見ていた社長はじいちゃんの方に顔を向け、言った。
「頼んでいた名刺の試作品が出来ていましたか。ユニークな字体やレイアウトの妙、私の注文した以上によくできてますな。では、とりあえず、百枚セットを五十ダースでお作り頂けますか」島田社長はじいちゃんにニッコリと笑った。